2017年5月8日月曜日

「れっしゃざっし」5月号

世の中が浮足立つGW中に、今月号も無事、発刊!

 

そして、今月号は、ボクだけではなく、家族全員の(4コマ)マンガが掲載されるという異常事態。

全員がマンガを書く家族って、一体……

それはともかく(笑)、とりあえず、いつものごとく家長の作品のみ。

 

それにしても、来月号が発刊されると、ついに創刊号から、ちょうど1年になります。

いやいや、なかなかスゴいですね。

という訳で、果たして、記念すべき来月号は出るのでしょうか?(笑)

「じかいも おたのしみに。」

 
(編集長、メガネかけてないけど(笑))

2017年4月24日月曜日

世界の作り方

相変わらず大好物なので、『「感謝」で思考は現実になる』(パム・グラウト/著 サンマーク出版)というあっち方面の本を読んでいると、現実に奇跡を起こす方法として、

 1 毎朝、起きてすぐ、「何か予想もできないこと、ワクワクすること、とてつもなくすばらしいことが起こる」と、世界に向って宣言する。
2 毎日「とてつもなくすばらしこと」を三つ見つけて記録する(毎日違う内容にすること)。

というワークが載っていました。

後者は比較的あちこちで目にするメジャなモノですが、ともかく、これを続ければ(とりあえず、30日間)、筆者が言うトコロのFP(Field of infinite Potentiality.一般的に言うトコロの“神”)のおかげで奇跡が起こる……まぁ、願いが叶うというのです。

で、モノは試し……と思った瞬間、自分の思考に、我ながら愕然としました。

というのも、まず、1をやってみようと、本を読んだ翌朝、起きてすぐ、アタマの中でその言葉を呟いてみると、その途端、

「そんなすばらしいコトなんて、起こるはずないじゃん」

という、自分の声がハッキリ聞こえたのです。

もちろん、このワークの真偽は分かりませんし、効果の程も定かではありません。
ただ、そう言ってみたり思ってみたって、誰に文句を言われたり、自分がなんらかの損をする訳でないのに、アタマの中で「今日は最高にいいコトが起こる!」とツブやいただけで、即座にそれを否定する思考が、既に自分の中にあるのです。

初めからいいコトなんて起こる訳ないと思ってるのだから、そりゃ、起こる訳ないわ(苦笑)。

で、そんなコトがあってから数日が経ったある日、今度は、同じくそっち方面『営繕さんのしあわせドリル』(さとうみつろう/著 小学館)という本を読んでいると、

「人間様が結論を先に決めてくれたら、脳はどんな些細な証拠でも現実から探し出してくれる」

という記述がありました。

例えば、いろんな理由が先にあるから、あるヒトを嫌いになると思いがちですが、本当はそうではなく、「まず最初に、『その人を嫌いになろう!』と決めて、その後に、その人を嫌いな理由を脳が付け加えていく」のだそうです。

う〜む。

『感謝本』ではFPというナゾのチカラのせいだとされていましたが、単に、これ、朝一番に今日はいいコトが起こると思い込めば、その証拠、つまり、自分にとってよいコトばかりを脳が見つけるようとするだけのコトではないかと。

まぁ、“なるだけ”なんて簡単に言っていますが、実際にそうであれば、本当に幸せなになれますよね?
なにせ、自分は幸せなだと決め、その証拠(幸せなコト)しか目にしないのですから。

そして、これは何にでも応用できます。

自分で自分はこうだと決めたら(自分はスゴい、自分はカッコいい、自分は好かれている……)、そういう証拠ばかりが目に入り、結局、“自分にとって”は、それが“真実”になる。

そう、世界は自分の思いどおり!
思考が現実になる!!

……なぜか、黒電話が思い浮かぶのですが……(笑)

2017年4月23日日曜日

私的SNSまとめ

現在、以下の3つのブログを書いています(書いてないけど(笑))。

Born to Play!:メインブログ
Library Lion:図書館系全般ブログ
The Digital Cataloger:目録特化ブログ

これ以外に、たまにInstagram:shimany_jpを更新しています(つい最近、始めました)。

で、それぞれの更新情報が、ブログは自動で、Instagramは手動で 、全てFacebook:shimanyslab及びTwitter:@shimany_jpに飛ぶようになっています。

現在、ボクが作成しているモノは、全て冒頭の4つのいずれかには上がっていますので(唯一の例外であるムスコが発行している雑誌への連載漫画も、メインのブログに載せています)、FacebookもしくはTwitterのいずれかをフォローしてもらえば、ボクの現在のコンテンツは全てフォローできるようになっています。
(FacebookとTwitter上での独自コンテンツはないので、いずれか一方で構わないのですが、どちらかというと、Facebookの方が、実名かつクローズドなので、コメント欄が若干有益かもです)

なお、なんらかの理由でFacebookもTwitterもできない(されない)方は、冒頭の4つを直接フォローしていただければと思います(あまりに不効率ですが(笑))。

なんか、いろいろ新しく魅力的なメディアが出てくるのでココロが揺れますが(なんでしたっけ?マンモスがどうのとか?)、まずは、このあたりの充実を最優先に。

「司書の書誌」第47回 司書の攻防

既に旧聞に属するかもしれませんが、例の某大臣の学芸員に対する発言問題。

いみじくも、当の学芸員さん達がおっしゃっているとおり、今回の件に関する全ての文献(?)を見ている訳ではないので断定したモノいいはできませんが、それでも、ちょっと見ただけで、あまりにツッコみドコロの多すぎる大臣のご理解及びご発言に、かなりゲンナリしてしまいます……

で、この問題に対する意見の中には、

「すわっ、次は司書か?」

というような発言あったように思いますが、司書が、そこまで職業意識からくるウザさを為政者に対して与えられているのかなと、自戒を込めて思いました。

さて、気を取り直し、今回の問題の抽象度を少しあげてみると、既に他で指摘されているとは思いますが、そこは結局、資料の利用側と保存側のせめぎ合いという、古くて新しい課題に行き着くのかなと思います。

そしてこれは何も、外に目を向けるまでもなく、同じ館内でも、利用系のセクションと保存系のセクションで、まさに毎日のように、同じような攻防が続いているのではないかなと思います。

改めていうまでもなく、利用も保存もいずれも大切です。
というか、長い間の利用に耐えるために、キッチリ保存する必要がある訳です。

しかし、物理的なモノ、特に紙のような(ある意味では非常に強固ですが)弱いマテリアルの場合、利用によって劣化するコトはどうしても避けられず、勢い、保存のためには利用を制限しなくてはいけないという方向に向かいがちです。

そこで考えられる方法が、たとえば、保存用と利用用の資料を複数持つというソリューション。
ただこれは、言うまでもなく、保管場所と、整理のコストを含む予算上の制約がありますし、利用用が利用に耐えなくなった場合にどうするかという問題もあります(最近の本は、再入手不可のモノが多い)。

そこで、次に考えられるのが、そう、電子化ですね。

こちらは、電子化する際のコストはかかるモノの、その後は、利用による劣化や場所の問題は起こりませんし、さらに、同時に多くのヒトも利用できます。

ただ、今のトコロ、とにかく、使いにくい(笑)。

もちろん、個人的には本以外は認めないという立場ではありませんし、そもそも、本もそれほど完璧なでデヴァイスではないような気もしますが、ただ、やはり、いくら大きくても、パソコンの画面に向かって細かいもしくは繊細な文字を読んで作業するのはあまりに効率が悪いし、何より、カラダに悪い(苦笑)。

これが、タブレットになればいいかというと、ザンネンながら、今のトコロ、こちらも思った程ではありません。

今後、根本的に画期的な読書用端末が出てくれば別ですが、それまでは、意外と、一度電子化した資料を、本格的に利用する際には紙に再出力するという、NDL戦法が最も有効な方法なのかもしれません……

ともかく、そうやって考えてみると、今回の件は、そのあたりの課題を、改めて浮かび上がらせたのかなと思います。

……他の、あまり見たくないモノも浮かび上がってきましたが(苦笑)。

最近の夕飯時に、

ボク以外の家族が、それぞれの歌を競い合って歌います。

……もう少し説明すると(笑)、ムスメは、自分の保育所園歌を、ムスコは、自分が通う小学校校歌を、さらにヨメも、自分が勤務する学校の校歌を、それぞれ、誇らしげに歌い合って、3人で大笑いしています。

……そこで、ポツンとテーブルに取り残されるひとり……(笑)

で、そういえば、自分の図書館には「館歌」がないな、と。

そこで、ないなら自分で作ったらいいわと思うと、少し考えただけで、次々と歌詞メロディが湧いて出てきます。

♪ 開架に並ぶ〜 本よりも〜
 多くの本が〜 書庫にある〜♪

とか(笑)。

もちろん、クオリティの問題はありますが(というか、それが一番)、それでも、なんとなく、そこそこのモノが見えるのです。
バっと、一瞬で。

しかし一方、コレが自分の今の仕事となると、こういった「ワクワク」感とか、湧いてくる感とか、見える感とかが、全くないのです(おいおい)。

「仕事なんて、そんなモノだ」
「好きな趣味と仕事は違うだろ」

と言われればそれまでなのですが、おそらく、世間で本当に活躍している方々というのは、このワクワク感や湧いてくる感と自分の仕事が、完全に一致してるんですよね。

こういう時に、やっぱり、今の仕事は自分には向いてないとか、自分は人生をムダにしてるんじゃないかとか、本当に正しい道を歩いているんだろうかと考えてしまうのです。

で、件の館歌についても、そんな仕事がマトモにできない状態なのに、「遊び」に時間を使っていたらマズいと、自己規制をかけてしまうのです……

「自分のワクワクに従え」というのは、あっちの世界では非常にメジャなアドヴァイスですし、来週に控える超大きな会議のスクリプトを練ろうと思っていた時間を、ここで思い切って勇気を出し、現段階では全くどこからもニーズのない館歌の作成に振り分けたら、もしかして、何かが変わるのでしょうか?

……確かに、変わるコトは変わるだろうけど……(笑)

許認可権

昨日、職場の近くの、比較的小さめのコンビニで商品を選んでいると、レジを終えた店員さんが、いきなりボクのトコロに近づいてきて、

「今、この店に店員がボク、ひとりなんですけど……トイレ行ってきていいですか?」
「……どうぞ」

ていうか、そんな権限ないし(笑)。

幸い、ボクが「許可」してから、あまりお客さんもこなくてよかったのですが(やりとりを聞いていたお姉さんも、待っててくれた)、肝心の店員さんがなかなか帰ってこない……(苦笑)

しかし、これがいわゆるワンオペというヤツでしょうか。

それにしても、いろんな意味で、しみじみ日本ていいなと思った次第(他の国、知らないけど)。
そんな素敵なこの国を、いささかでも壊すような動きは、やっぱり、かなんなぁ……

フレスコに、

自動レジが入ってた。

未来が来てる……