2014年12月31日水曜日

「読書ゼロ」はいけないか?

広がる“読書ゼロ” ~日本人に何が~ - NHK クローズアップ現代

漸く見ました。

とりあえず、「読書ゼロ」の是非はともかく、印象に残ったのは、立花隆さんの意見の出し方の公平さ。

おそらく、番組サイドとしては、

「ネットやヤマホ → ダメ、読書 → いい、だから、今の若者(大学生) はダメ( ≒ 自分達はよい)」

という、単純で主な視聴者層にここちのよい結論に持って行きたかったのでしょうし(それが、テレビの一つの特徴なので、それ自体は特にどうも思いませんが)、とにかく「読書」で有名な立花さんを出しておけば、間違いなく、その方向に行くと思ったのかもしれませんが、立花さん自身は、

「一概には言えない」
「そうのヒトもいれば、そうじゃないヒトもいる」

という、至極あたりまえな、そして、それだけに、モヤモヤして座りの悪い意見に終始していました。

あと、痛快だったのが、

「今の若者って、1秒弱でネットの情報を判断するんですって!(まぁ、私達と違って、キモチワルイ!)」

という場面に対し、

「いやいやいや、対象がネットなだけで、我々だって、本や新聞で、同じように1秒以下で判断してるでしょ」

という場面(笑)。

まぁ、それはともかく、肝心の「読書ゼロ」についてですが、図書館に勤めていてなんですが、個人的には、やはり、いいとも悪いとも判断できません。

もちろん、自分は読書は大好きですし、間違いなく読書のお陰で幸せになったと思っているので、自分自身にとっては疑いなく読書はいいモノですが、必ずしも、それが全てのヒトにとって同じかどうかは分かりません。

というのも、友人の中には、それこそ「読書ゼロ」を公言するヒトが何人かいますが、彼らは、人間的にも尊敬できる魅力的なヒト達ですし、「アタマいいなぁ〜」と感心する場面も少なくありません。

なので、「結婚」と同様、自分は全くヒトに読書を勧めませんし、それは、自分の子ども達についてすら同じです。

ただ、自ら読書を求めてるヒトについては、別です。
そういうヒト達には、できる限り、自分の持っているモノを提供したいと思っています。

いずれにせよ、インプットの方法より、どんなに稚拙でも、アウト・プットをするコト自体が重要なのかもしれません。

たとえば、この文章のように(笑)。

【追記】(2015.01.13)
ぜひ、こちらも。

本を読むって、そんなに知的な行為なの? « WIRED.jp

こんな大晦日

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ムスメには、父親が、こう見えているらしい。
しかも、結構、特徴をとらえてる……
(「いつも、メガネがないね」と指摘すると、「だって、めがねはずしてるとき、あるやん!」と、思いっきり関西弁で叱られた)

実は、今年の年末年始は、初めて家族で埼玉の実家に行く予定だったのですが、こちらは先方の都合でキャンセルになり、その代わりにお邪魔する予定だったヨメの実家は、今度は、昨日からのムスコの発熱で、結局、オトコ2人で大晦日を過ごしています。

自宅で年末年始を過ごすのも、家族別々で年末年始を過ごすのも、子どもができてからは初めてです。
確かに寂しい感じはしますが、もう、スグに訪れるであろう、少し先の未来のシミュレーションと思っています。

幸い、大事にはいたらなそうなので、ムスコには早く回復してもらい、オトコ親ならではの、あまりカラダにはよくないから普段は食べられない辛ジョッパイモノで、オトコ同士の年始を祝いたいです(笑)。

「ソウル」を感じて演奏する

吹奏楽部(団)というのは、特にお祭りを中心に、地域のイベントみたいなモノに呼ばれる機会が多くあります。

で、その際、吹奏楽を知らないみなさんでも楽しんでもらえるように、アニメドラマ映画主題歌テーマソングを演奏するコトが多いのですが、自分が子どもだった時、おじさん達(失礼)が演奏するそれらの曲は、どうも、もうひとつツマらなかった(大失礼)記憶があります。

しかし、その原因は明らかで、演者達が、その元になっているアニメ(なり)を知らないどころか、原曲すら聞いたコトがなく、単に、楽譜だけを見て演奏しているからなのです。

我々ミュージシャンがそれらのヒット曲を演奏する場合、主に、3つのパタンがあると思います。

1 楽譜だけを見て演奏する。
2 CDを借りるなりダウンロードするなりして、原曲を聞いてから演奏する。
3 さらに、その曲だけでなく、その元の作品まで見て演奏する。

実際に楽器を演奏しない方でも、3に向かうにしたがって、演奏がよりアツくなるのは分かっていただけると思います。

では、それはどうしてなのでしょう?

自分には全くできませんが、専門的な教育を受けたヒト達にとって、ある曲を楽譜にするコトは、比較的に簡単にできると思います。
そして、その結果できる楽譜は、おそらく、ほとんど同じモノになると思います。

しかし、逆に、同じ楽譜を違うヒトが、いや、同じヒトが演奏した場合ですら、無限のヴァリエーションが生まれます。
それは、音楽を楽譜にする間に、元の音楽に含まれる膨大な量の情報が削られてしまうからです。

もちろん、音楽の楽譜化、つまり、デジタル化による恩恵は多い訳ですが、例えば、楽譜は、元の音楽の音色すら、完璧に記述できません。
ましてや、その曲の空気気分等は、言わずもがなです。

なので、個人的には、演者の中に、それらの楽譜化で失われた情報を、あらかじめ別の方法でインプットしておくコトが必要なのかなと思いますし、その程度の努力(というには、楽しいコトですが)は、当然だと思います。

さて、では、次の段階として、2と3の間には、違いはあるでしょうか?

確かに、音楽的には、原曲を聞いていれば、元曲の雰囲気により近づいた演奏ができるはずです。
しかし、その演者の中に、さらに、「あまちゃん」なり「アナ雪」なりの作品そのものがあるかどうかは、明確にコトバでは表現できないにせよ、やはり、演奏が違ってくると思うのです。

それが、漠然としていますが、その曲に込められた「ソウル」だと思いますし、それを表現する(できる)コトが、これだけコンピュータが発達した現代に、人間が演奏する意味ではないでしょうか?

もちろん、新曲をセットリストに加えるたびに、元の作品に立ち戻って全て鑑賞するのは難しいと思います。
ただ、ヒット曲を演奏する機会が多い以上、その演奏を聞いてくれるお客さんの中にはその作品があるコトが多いコトを思えば、こういった視点も、多少、必要ではないでしょうか?(て、誰に向かって言ってるんだ?(笑))

まぁ、それでも、まだアニメやドラマだったら、著作権の問題はともかく、これだけ動画サイト全盛の時代なら、以前とは比べ物にならない程、容易に見るコトが可能になりましたが、これまた、お祭り定番の昔の歌謡曲(懐メロ)を、今の学生さんが吹くというシチュエーションだと、当時の雰囲気までつかむのは、なかなか難しいと思いますが……

ユッフォ!!

「この世に生き残るものは、より強いものでもなく、より賢いものでもなく、変化に対応できるものだ」

真偽の程が怪しくても、いかにもそのヒトが言いそうなコトが、いつしか本当にそのヒトの発言として人々の記憶に残るコトがある。

たとえば、長嶋さんが、アメリカで、

「こっちの子どもは、英語がウマいねぇ〜」

と言ったとか、松本伊代さんが、自身初のエッセイ集について聞かれた際、

「私はまだ、読んでません」

と言ったとか、さらには、元イタリア代表のトッティが、

「僕だって、本ぐらい読むさ! たとえば、シェークスピア。 でも、シェークスピアって、誰が書いた作品だっけ?」

と言ったとか(まぁ、これはさすがに作り物臭いが)。

で、前置きが長くなりましたが(謝)、そんな中での、冒頭のコトバ。

一般的には、ダーウィン『種の起原』からの引用と言われているが、実際には、『種の起原』にはこのようなフレーズはないらしい(司書でありながら、「らしい」というのが情けないが)。

ただ、たとえそうだとしても、実際の現象としては、このとおりなのだろう。 特に、"先が見えない"と言われる現在は、なおさらかもしれない。
(ただ、「先が見えない」のは、いつの時代だって同じだったと思う。例えば、過去の日本の貯蓄率の高さがひとつの証左)

で、図書館。

今後、図書館が生き残って行くためには、今後、ますます変化し続けるであろう時代の要請や利用者のニーズに対応し、こちらも、どんどん変化していかなければならないのは、容易に想像できる(ただ、そもそも、図書館が生き残るべきかどうかについては、また、別の機会に)。

しかし、人間には、「ホメオスタシス」がある以上、その集合体である組織も、放っておけば、自らはなかなか変化するコトはできず、できるだけ、これまでの状態を保とうとする。
特に、「前例踏襲」が強い業界なら、なおさらだ。

そんな場合、変化を促すために最も手っ取り早い方法が「外圧」を利用する、つまり、新しいタイプのプレーヤを仲間を加えるコトだ。

……と思う中で、最近、少しは収まったかもしれないが、武雄市図書館に対する、図書館界の反発は凄まじかった。

全国の名だたるライブラリアンから、あんな厳しい目でチェックされたら、どこの図書館だって何かしらの不備はあるだろうし、なにより、ウチの新館開館時なんて、もっと酷評されていたに違いない(苦笑)。

もちろん、指摘されていような様々な問題があるコトも事実なのかもしれないが、一方で、個人的には、ぜひ、一度は行ってみたいあこがれの書店である蔦屋書店のノウハウが図書館に投入されるなんて、なんてありがたいハナシだろうと思う。

あぁ、それなのに……

せっかく、これまでにないタイプのプレーヤが図書館界に来てくれたのに、歓迎するどころか、邪魔者扱いしては、非常にもったいないと思う。
せっかく、図書館を活気づけたろう!と思ってきたのに、ここまで文句ばかり言われたら気ぃ悪いわ!もぉ、ええわ!と、いつ、出て行かれるか気が気ではありません(まぁ、そんなヤワではないと思いますが)。

問題点は指摘すべきですが、もし、反発の背景に、保守性閉鎖性があるのなら、超短期的には自分達のスタンダードが守れても、ほんの少し先には、今度は、自分達自身の首を締めるコトになると思うのですが……

AmazonとFRBR

【悲報】amazonの書誌情報管理がマジクソな件について - 図書館学徒未満

Amazonには、仕事でも大変お世話になっていますし、同様の同業者の方も多いと思います。

ただ、我々の場合、たとえ、(そのコトバを知らなくても)FRBRでいうトコロの「表現形」「体現形」の違いが染み付いているので、この記事のような問題を、無意識の内にでも捨象して利用していると思いますが、一般の方は、なかなかそうでもないかも知れません。

で、この問題(仮に、「Amazon同定」とします)は、ユーザはもちろん、著者出版社(者)、さらには、当のAmazon自身にとっても大きな損失だと思うのですが、ただ、Amazonの場合は、多少乱暴でもAmazon同定をしてしまった方が、それで対応すべきクレームより、得られるメリットをの方が(おそらく、かなり)大きいのだと思います。

この記事で詳細に検証されているように、現在のAmazon同定にはもちろん問題がありますが、一方で、FRBRが最終的に目指すのは、こういった方向(ひとつの「著作」を検索しただけで、その著作に係る全てのヴァージョン・ヴァリエーションが紐付いて検索できる)なのかなとも思ったりします。

まぁ、エラそうに言っていますが、ここまでではないにしても、図書館界でも、総合目録書誌同定で同じような問題があり、(主に)利用者の指摘で修正するというオプトアウトになっています。

もちろん、図書館界側の努力も必要ですが、出版社のみなさまには、とりあえず、ISBNを本来の要領でつけていただきたく存じます(笑)。

2014年12月30日火曜日

「デザイン」は誰のため?

この季節、コンビニホットコーヒのお世話になっている方も多いかと思いますが、そんな中、少し前ですが、こんな記事。

痛いニュース(ノ∀`) : 【画像】 かっこいいデザインにする→利用者が分かりにくくなる→貼り紙されてデザイン崩壊 - ライブドアブログ

#セブンカフェの様子 が各店舗の工夫いっぱいで面白い - NAVER まとめ

この記事を読んでから、いろんなセブン-イレブンに立ち寄るたびに見ているのですが、確かに、各店舗で独自の(というか、独特の)工夫をされています。

スタイリッシュ過ぎて、かえって使うヒトにとって不便になっているという例は、他にも多く見られるような気がします。
よくあるのが、シンプル過ぎて分かりにくいというパターン。

例えば、某図書館について、個人的にはそのミニマムな内装は好きなのですが、初めて来る方には分かりにくいようで、そういう声が多いと、やはり、より目立つように、さらに大きな掲示をせざるを得ません。
しかし、すでに完結されているデザインの上に、あとから素人の職員が付け足すので、どうしても、見た目上はアレになってしまいます。

まぁ、それでも、利用者にとって便利になっていればまだ救われます。
中には、同様な苦情があっても(そして、職員もそのとおりだと思っても)、設計者の意向で、イスひとつ元の位置から動かすコトができない超巨大図書館もあるとかないとか……(微笑)

それこそ、ド素人の自分が言うのもなんですが、おそらく、本当に優れたデザインというのは、「分かりやすさ」(使いやすさ)と「カッコよさ」を兼ね備えているのだと思います。
ただ、それは、冒頭の例にもあるように、大きな実績を残しているデザイナのヒトですら、そう簡単にはできません。

いずれにせよ、どうしても作る側の都合で提供してしまいがちですが、できる限りユーザ・サイドの視点に立って考えるのが大切なのかと思います。

さて、年を越えて抱えているデザイン関係の仕事。
来年、果たしてウマく行くのでしょうか……(笑)

ユーフォ&サックス!

京アニ新作は吹奏楽アニメ! 「響け! ユーフォニアム」2015年4月開始 - ねとらぼ

響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~│宝島社

ごく一部の関係者向けに(笑)。

と言いつつ、ボクも"経験者"
その後、テナーサックスになった訳ですが、こちらはこちらで、昨日、こんなマンガがあるのを知りました。

BLUE GIANT 公式サイト

いずれも未見でザンネンですが、しばらく遠ざかっているとはいえ、ついつい気になってしまいます。

……さすがに、EWIマンガはないか(笑)。

2014年12月29日月曜日

「1日1食」は、もう古い?

一流アスリートが「朝食を食べない」理由。 実践したら、なぜかわかった |食の安全|現代ビジネス

結婚を機に減量を思い立ち、いわゆる朝食を抜くようになってそこそこ経ちますが、今のトコロ、よく言われる「しっかり朝食を食べないと、ちゃんとアタマが働かない」という問題はないようです(まぁ、元から働いていなかったという疑いはありますが)。

で、実質的に「1日2食」になっていたのですが、次に気になったのが、自分が最も敬愛する作家である森博嗣さんが長年実践され、最近では、南雲先生で有名になった「1日1食」

ただ、お2人の実績を見ていれば非常に興味もわきますが、しかし、まぁ、さすがに1日1食は……と思っていたトコロ、職場でこんな本をチラ見。

Amazon.co.jp: やってみました! 1日1食: 船瀬 俊介: 本

この本には、ビートたけしさんタモリさんをはじめ、錚々たるメンバが「1日1食家」(?)として、列挙されています。

そうなると、自分の根本にある「ミーハー体質」が、がぜん、疼き出します(笑)。

で、結果からいうと、もちろん、休日のような例外はありますし、どうしてもお腹が減ってしまう時もありますが、基本的に、以前のように、毎日ごはんを持って行っておかずを買ってという、ちゃんとした(?)昼食は食べないようになりました。

つまり、「なんちゃって(死語)1日1食」

もちろん、育ち盛りの子ども達や、カラダを使うお仕事の方々には全く勧めませんが、基本的にずっと座りっぱなしで仕事をし、年齢的にも、いつしか初老の段階に達している自分にはこれで十分なのかもと思う一方、自分がこんなコトができるのも、残る1食について、毎日、ちゃんとした夕食が食べられる(作ってもらえる)からだなぁ、と改めて感謝していたトコロ、なんと、ついに、こんな記事に遭遇。

【2014年最高の奇書】不食のすすめ。ー 「食べない人たち」どうすれば人は食べないで生きることができるのか。 - いばや通信

ついに、時代は「1日1食」から、「不食」(全く食べない)の段階へ(汗)。

いやいやいや、と。
ちょっと待て、と。
いくらなんでもこれはムリでしょう……と思いつつ、さっそく本書を読んでみると……

できるかもしれない(大汗)。

まぁ、若干、オカルト・チックと思われかねない表現もありますし、もしかしたら、筆者の方達は単に特異体質なのかもとも思いますが、筆致は冷静ですし、実際、社会的にも活躍されておられる方々です。

もちろん、誰も食事をせずに済めば、それこそ餓死もない訳ですし、もし、可能だとしても、そんな簡単なコトではないでしょうが、一方で、いろいろ考えてしまいました。

もし、本当に食べないで生きていくコトができるなら?

例えば、我々の「仕事」について、「食うに困る」とか、「そんなコトで、食べていけると思っているのか!」という表現がありますが、それはつまり、「生きていくコト」の中心に「食べるコト」があり、仕事とは、その直接的な手段だと考えられている訳です。

それが、もし、食べずに済むなら、生きていくために、仕事をしなくてもよいコトになります。
もちろん、生活は食費だけではないですし、家族があれば、自分さえよければいい訳ではないですが、少なくとも、これまでよりは、仕事に対して柔軟な姿勢がとれるようになるのではないでしょうか。

また、そのコトとも関連しますが、以前、前出の森さんの本で、「1食食べると3時間の睡眠が必要になる。だから、一般的なヒトは約9時間の睡眠が必要」という記述を読んだのですが(いつものごとく、出典不明ですいません)、この本によれば、不食だと、1日2時間の睡眠で十分とのコト。

つまり、現代人の大きな(最大の?)悩みである「時間がない!」も解決できます。

よく考えれば、この本にもあるように、食事には、実際に食べる時間だけでなく、メニュを考え、材料を買いに行き、作り、後片付けをするという、それにまつわる膨大な時間がかかっています。

それが、全て、不要になる。

「時間を作るためには、なにかを止めなければいけない」とよく言われますが、自分の生活を何度も振り返り、もう、これ以上、削る時間なんてないよ……と思っていたトコロ、まさか、それが食事だったとは(笑)。

もちろん、食事は、単に空腹を満たしたり、必要な栄養摂取をするだけの行為ではなく、これ以上ない娯楽喜びでもある訳です。
でも、その部分は、美味しいものを少しよばれればいい訳ですし、そうすれば、エネルギィ問題無益な殺生も、だいぶ緩和されるのではないでしょうか。

まぁ、もちろん、そんな単純には行かないわけですが、ひとつの可能性として、ご紹介。
「できると思っても
できないと思っても
あなたは正しい」

ヘンリー・フォード

2014年12月28日日曜日

忘年会

今日は、いつもの楽団一家と、我が家で忘年会でした。

そして、メインは、カニ鍋!

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……いや、普通、そういうコトじゃない……

2015年にパブリックドメインになるクリエータ

「星の王子さま」や「叫び」など2015年に著作権が消滅してパブリックドメインになる作者まとめ - GIGAZINE

とんでもなく、錚々たるメンバ……(ガクブル)

ちなみに、約10年前にあった『星の王子さま』の出版ラッシュは、著作権ではなく、岩波書店が持っていた「翻訳権」が2005年で消滅したため、各社から新訳出版が相次いだんですね。

日本に限ると、こんな記事が。

来年~2016年に著作権が消滅する作家まとめ - 新刊JPニュース

座りっぱなし生活の弊害

「座りっぱなしの生活」が健康や寿命に与える恐るべき悪影響の数々とは? - GIGAZINE

仕事中は、ほぼ座っているので、モロに「1日6時間座っている」生活が、1年どころか、もうすでに何年も続いています(汗)。

それが原因かわかりませんが、毎年の健康診断で、どんどん血圧が下がっていますし、、自室で手袋が必要なくらい、手が冷えます。

スタンディング・デスクかぁ……
(ちなみに、以前、同じ理由で、職場のイスをバランス・ボールアーロン・チェアにしようとして、許可が出なかった経験あり(笑))

2014年12月27日土曜日

電子書籍と書店の連携

記事で振り返る「2014年の電子書籍市場」(書店連携編) - ITmedia eBook USER

第2弾。
引き続き、ありがたいです。

就寝前は紙の本で

「寝る前の発光画面は睡眠に悪影響」実証される « WIRED.jp

今は、環境的に寝る直前の読書はできませんが、独り暮しの時は、それこそ、1日のウチで至福の時間でした。
で、今、同じコトができるなら、おそらく、手軽なキンドルを使っていると思います。

みなさんも、ご注意を。

2014年12月26日金曜日

「手裏剣戦隊ニンニンジャー」

手裏剣戦隊ニンニンジャー:戦隊シリーズ新作は忍者が妖怪退治 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
手裏剣戦隊ニンニンジャー ...

手裏剣戦隊ニンニンジャー|テレビ朝日

「妖怪」というあたりが若干アレですが、コンセプト自体は、ムスコ達よりも、むしろ、我々お父さん世代狙いのような(笑)。

それにしても、「トッキュウジャー」から、もう、1年とは……

最近は、1年も続くドラマ(4クールつーんスか?)なんて、大河ドラマくらいしかありませんが(よく知らないけど)、子ども向けとはいえ(だからこそ?)、それだけの期間続けられる世界観テーマの構築が非常に困難なのは、容易に想像できます。

いずれにしても、楽しみ。
今や、大手を振って見られる環境となったので(笑)。

インフル休暇2日目

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今日のランチは……なんだ?

一応、ムスコには、「オレンジごはん」と呼ばれている謎のオリジナル・メニュですが、なぜか、ムスメには思いの外、評判がよくて、一安心。

……というか、食べ過ぎ……

なぜ名店の味は"落ちる"のか?

本当にありがたいコトに、京都には、全国からわざわざ訪れるヒトがいるような有名ラーメン店が何軒もある。

ただ、ザンネンなコトに、どんなに評判でも、実際には行くコトができていないお店がまだまだ何軒もあるので、職場等で、

「あ〜、あのお店に行ってみたいなぁ」

等と独り言を言っていると(おいおい)、たいてい、

「あっこも、昔(昔って)はウマかったけど、最近は味が落ちたなぁ」

と言うヒトが、周りに必ず現れる。

もちろん、たまたまそのヒトが、そんなドヤ体質だっただけかもしれないが、しかし、こう何人もいるコトを思うと、どうもそれだけではなく、少なくとも本人は、本当にそう感じているのだろうと思ったりする。

では、なぜ、こうもことごとく、有名になったお店の味は落ちる(落ちたように感じる)のだろう?

あるお店が一気に有名になり、その結果、「味が落ちた」というと、一般的には、儲けを多くするために材料の質を落としたんじゃないかとか、回転を上げるために作る工程で手を抜くようになったんじゃないかとか思うだろう。
つまり、問題は店側にあると考える訳だが、果たして、本当にそうだろうか?

初めて評判のお店を訪れる時は、もちろん、味に対する期待(ワクワク)もさるコトながら、お店の雰囲気や、注文方法すら分からない状態(ドキドキ)である。
さらに、初めて食べるため、良いにせよ悪いにせよ、インパクト感動がある。

当然のコトながら、2回目以降はこれらの要素がなくなるか、少なくなる。
つまり、簡単に言うと「慣れ」な訳だが、これによって、どうしても、最初に感じた新鮮な驚きがなくなり、これが「味が落ちた」ように感じるひとつの原因ではないだろうか。

まぁ、毎日ご飯を作ってくれているヨメに、心底呆れられるほどの味音痴の自分が言っても説得力がないが(苦笑)。

ともかく、そんなコトを考えつつ思うのが、それこそ、本当の昔からずっと続くお店や、人気のあるお菓子なんかのコトである。

よく聞くハナシだが、我々が子どもの頃から今も変わらずあるお菓子等は、上記のような問題を回避するため、お客さんには気づかれないように、常に少しずつ改良されているという。

つまり、「変わらぬおいしさ」のためには、常に変わらなければならないというパラドクス(← 使い方、合ってる?)。

まぁ、それを、黙っていられずに、つい自分で「さらにおいしくなりました」と言っちゃうトコもあるけど、いずれにせよ、常にユーザ時代の要請に応え、変化を続けないと、「変わっていない」とすら思ってもらえないのである。

逆に言うと、「停滞」「後退」なのである(あ、ちょっとウマいコト言った)。

で、もちろん、このコトは、食の分野だけではないはずで、一度訪れたお店やサービスが、何度経験してもいつも素晴らしいと思ってもらうためには、常に変化し、改良し続けられなければならない訳である。

それを、面倒と思うか、やりがいがあると思うか、でしょうか(笑)。

2014年12月25日木曜日

「もうひとつの京都、行こう。」

「もうひとつの京都、行こう。」3つの京都観光プロジェクト始動!/京都府ホームページ

最近、αステーションを聞いていると、よくここの曲が流れているのですが、最初に聞いた時は、あまりよく曲の説明が聞き取れず、「京都府のキャンペーン」とだけ聞こえたので、

「あ〜、ヴァイオリンのヒトを起用すると、結局、みんな、葉加瀬太郎みたいって思われるよなぁ……」

と思っていたら、なんと、ホントに葉加瀬太郎さんでした(笑)。

まさか、そんな大物を起用するとは。
京都府の本気度が伺えます。

それにしても、このムービ、もちろん、そうじゃないヒトにも響くのでしょうが、おそらく、結婚の経験がある方には、さらに威力倍増だと思います。

思わず、ちょっと、涙ぐんでしまいました(笑)。

仕事で行った場所が多く写っているので、嬉しいです。
むしろ、自分は、「もうひとつの京都」の方が、たくさん行ってるかも(笑)。

電子書籍定額読み放題の動向

記事で振り返る「2014年の電子書籍市場」(定額読み放題編) - ITmedia eBook USER

実にありがたい記事です。

「ウェブで広がる図書館のメタデータを目指して―RDAとBIBFRAME」

CA1837 - ウェブで広がる図書館のメタデータを目指して―RDAとBIBFRAME / 柴田洋子 | カレントアウェアネス・ポータル

カタロガにとっては、必読の記事。

実は、筆者の方は、一時期、一緒にお仕事をさせていただいていた方なのですが、向こうはお忘れでしょうね……(笑)

「アナ雪」無料配信

と言っても、電子書籍ですが。

Apple社、クリスマス週ということで電子絵本「アナと雪の女王」をiBookstoreで無料配信

本当にダウンロードできましたし、自動読み上げがついているのが、電子書籍ならでは。

それにしても、こういったコトができるのが、巨大資本ならではの社会貢献ではないかと、非常に感心してしまいます。

そして、こうなる訳です。

電子書籍普及NPO団体Worldreader「作品の無料提供は、社会の読書率の向上につながる」

オーダーっ!

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今日のランチは、インフルエンザで休んでいるムスメのリクエストで、オムライ……ス?