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2018年10月17日水曜日

昔は「あん」と「肉」だけだったのに……

今日は、1日事務作業日

朝から気合を入れて行ったのですが、相変わらずの突破指示アクシデントの発生で、やはり、思ったトコロまで全然進まず……

日々、目の前の仕事をどうにかこなすコトで精一杯で、改めて、中長期的な見通しで作業が進められていないと改めて気づいたのですが(遅すぎ)、おそらくそれは、昨年度まで、コトあるごとにボクにいろいろアドバイスをしてくださっていた職員さんが、今年から異動されてしまったからだとハタと気が付きました。

もちろん、今の課員さんのみなさんも頼りになるのですが、やはり、いろんな意味で、その方の経験の豊富さに甘えていたのだなと。

ただ、その方にスグに戻ってきていただく訳にはいかないので(笑)、自分でどうにかしなければなりません。

……毎日のようにくる飛び込み案件さえなければ、どうにかなるのですが……(苦笑)

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という訳でのウルグアイ戦

今日は、早めに寝かしつけができたので、ちょうど後半から見れたのですが、すでに3点入っていたので、なかなかこれ以上はウルグアイからの得点は見れないと思っていたトコロ、とんでもないコトになりました(笑)。

これまでの試合も、相手は決して弱いチームではなかったですが、それでも、W杯優勝経験もあるウルグアイは別格です。

その相手に、いくらホームとは言え、4得点完勝とは!!
(まぁ、失点(特に2点目……)はザンネンですが)

チーム全体でシュートの意識が高いのと、みんながハードワークしているトコロに、とても好感が持てます。
一時、代表の動員数の現象が懸念されていましたが、こういう試合をすれば、勝手にお客さんは入ると思います。

もちろん、ロシアW杯組は安定の良さがありましたが、やはり、若い攻撃陣がワクワクします。

今日、職場の閲覧室で見かけたサッカー雑誌に、「新ビックスリー」(中島・堂安・南野)と書かれていて、いくらなんでもまだ早いだろうと思っていたのですが、いやいや、充分、その働きをしてくれていました。

それにしても、引き続き、順調すぎるチーム作りです。

果たして、香川本田居場所は……?

2018年9月12日水曜日

ロンバケと初陣

今日は、まだ本調子にならないムスコ療養のため、仕事を休み、昨日に引き続き、2人で1日過ごしました……

……と、連日言っていると、かえってご心配をかけるかもしれないので書いておくと、実は、水ぼうそうでした。

最初は微熱が続き、なんかいつもの熱とは 違うけど、学校で流行っているらしい水ぼうそうにしてはブツブツが出ないし……と思っていたのですが、どうやら、過去にワクチンを1回接種していたので、それほどヒドくならなかったようです(現在は2回接種になっているそうで、ムスメも2回受けています)。

ちなみに、ボクが子どもの時は、たまたまお刺身を食べた次の日に水ぼうそうになり、それからお刺身がコワくなり、何年も食べられない時期が続きました。
(そして、両親は、どちらかというと、その事態を喜んでいたという(笑))

という訳で、今日は少し散歩に出たりして、楽しく過ごしました。

明日は、交代でボクが仕事に行くのですが、夜、寝る前にムスコが、

「とぉちゃんとのこの2日間は、最高の2日間やったわ」

と言ってくれました。

まぁ、どこまで本気か分かりませんし、ヨメと比べてジャンクな食べモノがいいのでしょうが(笑)、それでも、予想外の一言だったので、とてもウレシかったです。

指定されている病気のため、万全を期して、なかなか登校できませんが、あと少し、この日々を充実して過ごして欲しいです。
(あまりに、やるコトがなさそうなのですが……(笑))

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そして、今日も寝かしつけが済んでからだったので、最後の20分くらいしか見るコトができませんでしたが、森保ジャパンの初戦でした。

ちょうど、ボクが見始めたトコロあたりから次々と交代があったので、全体的にどんな感じだったのか分かりにくかったのですが、それでも、躍動感が十分伝わってきました(特に、中島選手)。

お恥ずかしながら、かなり知らない選手も多く、文字どおりフレッシュな顔ぶれでしたら、それはつまり、チームとしての練習もまだ十分ではなく、連携もこれからだと思うのですが、それでも、見ていてワクワクする場面が何度もありましたし、最後の2得点もお見事でした。
(しかも、痩せても枯れても、相手はコスタリカです)

森保監督は、オフト監督以降、緊急登板ではない初めての日本人監督になります。
(あ、ゾーンプレス……)

ただでさえ、W杯があるのに、その前に、地元開催(!)となる東京オリンピックでも指揮をとるコトを考えると、全く想像もできない激務プレッシャだと思いますが、同世代の監督として、陰ながら、強く応援していきたいと思います。

……現役時代には、京都にもいたんですよねぇ……
(多分、見たはず)

2018年6月5日火曜日

昇天と溢れ出る

今日は、昨日の参観日代休日だったので、3人でウチで過ごしました。

なにせ、ほとんどだったので(汗)、お昼はそうめんおやつかき氷(笑)。
さらに、プールに向け、2人とも耳垢除去診断書をもらってきていたので(笑)、夕方には耳鼻科へ。

いやぁ、出る出る(笑)。

先生曰く、耳垢を毎日のように綿棒で押し込むくらいなら、何もせず、年に1回、耳鼻科に取りにくればよいとのこと。

ただ、我が家の場合(特に、ムスメ)、年に1回だと、おそらく、完全に耳が塞がって、聞こえなくなると思います……

とにかく、水泳OKの診断をいただいたので、一安心です。

さて、そんな中、しばらくぶりに、飼っているキンギョが死にました。
昨日から、なんか元気がないなぁと思っていたら、案の定でした。

数年前、町内会の魚つかみでもらってきた時には、水槽の大きさに対してキンギョが多すぎ、最初のウチはバタバタと亡くなっていたのですが、4匹になってからは完全に安定し、だいぶ経っていたのですが……

他の3匹が元気なトコロを見ると、幸い、水を介する病気ではなさそうなので、寿命と考えるしかないのかもしれませんが、もしかしたら、詳しいヒトならどうにかできたのかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

ムスコ大泣きしていましたが、こうなってからではなく、もっと前から常に気にかけてあげようと話しました。
せめて、あとの3匹の時には、後悔しないで済むように。

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時期柄か、盛んに私が選ぶベスト・イレブンみたいなのを見かけます(というか、自分から見に行っている(笑))。

で、ボクも自分なりのベスト代表をつらつらと考えてみたのですが、なかなか決めきれないモノの(笑)、自分好みは、全体的にキモチを出す、熱い選手だというコトがなんとなく分かってきました。

……といっても、柱谷哲二さん松本育夫さん的には「ハシラ」)は、ザンネンながらボクの選内からはハズレましたが(笑)、過去の代表には、絶対に勝つ!とか、絶対に負けない!とか(一緒か)というキモチが、見ているこちらにも伝わってくるような選手が何人もいました。

それは、ラモスさん闘莉王さんのように、非常に分かりやすく声や仕草で示さなくても、中田英寿さん名波浩さんのように、プレィを見ていれば自ずと分かるタイプも含めてです。

現代表も、もちろん、ガンバっているのでしょうが、どうも、そういった点が物足りない、というか、正直、ほとんど伝わってきません。

昔、日本が初めてW杯に出た時、当時の城彰二さんが、試合中に笑っているというので大バッシングを受け、城選手なりに、リラックスのためだと反論していたモノの、次の試合では全く笑わなくなり、アレは一体なんだったんだ?というコトがありましたが(笑)、もちろん、バッシング等はする必要はないモノの、もう少し、闘志みたいなモノを見せて欲しいと思いませんか……?
(ボクの感度がニブくなっただけかもしれませんが)

2014年7月23日水曜日

「なぜW杯敗退の検証を行う前に次期監督が決まるのか?」

もう、みなさん、既にザックの就任時のコトなんて忘れているかもしれないが(というか、ザック自体が怪しい?)、当時は日本代表の監督決定が遅れに遅れ、ついに、最初の強化試合の2試合は、原博実技術委員長が指揮を執るという異常事態になった。

その際、世界中の有力な候補にあちこち断られまくり、代表監督の選定が難航したコトで、原委員長及び日本サッカー協会は、その対応の遅れを、散々、各方面から批判された訳である。

で、その教訓を生かし、今回はW杯中から次期の監督選定を始めると、今度は今度で、冒頭の発言のようなコトを、やはり、散々、言われる訳である。

あえて言おう。
どっちやねん!と。

香川がいるので、日本でも自然と報道の多いマンUだが、W杯前に来期の監督がファンハールと発表された。
それを聞いた時、最近、サッカーの情報を全くフォローできていなかったので、なんの疑いもなく、

「へぇ〜、あんな有力な監督が、今まで何もせずにあいてたのか」

と思っていたら、何のコトはない、大会が始まって見ていると、ファンハールは、しっかり、オランダの監督をしているではないか(というか、2年前から)。
つまり、W杯が終わる前、いや、始まる前から、既に、次の就職先が決まっている訳である。

サッカー界全体がそんなスケジュールで動いているのに、W杯が終わってから、さぁて、今回悪かったトコロはどこかなぁ〜と悠長に構え、じゃぁ、その点を直してくれるのは、こんな監督だといいんだけどなぁ〜なんてやってたら、そりゃ、有力なヒトは、もう、みんな新しい就職先で活動を始めている頃だろう。
それが、まさに前回、難航した最大の原因だったと思うので、個人的には、ちゃんと反省を活かしてるじゃん、と思っていたのだが……

さて、そんな中、何の根拠か、最有力候補と言われているアギーレ氏。

上記のような人事先行に対する世論の反発もあり、全く本人のせいじゃないのに、なんか、アギーレが悪いみたいになっているが(なってない?)、それはともかく、日本人選手と体型が似ているメキシコを率いて優秀な成績を残したから、多分、日本もどうにかしてくれるんじゃね?という理由で候補に上がってきたのは、容易に想像がつく。

しかし、ホントに似ているだろうか?

中米、そして、南米の選手なんて、確かに、身長こそ小柄なモノの、胸板なんか、もう、いっそ"パイオツ"と言いたくなる程の豊満(?)さである(しかも、選手だけでなく、審判も)。

たとえ、同じくらいの身長だからといって、あんな屈強なカラダと日本人選手は、全く比べモノにならない。
いくら、本田のフィジカルが強いって言ったって、やはり、根本が違うのだ。

中米や南米の選手が頑丈でチカラで押す鉈ならば、日本人選手は、切れ味で勝負する、それこそ、日本刀なのだ。
元々全く違うモノなのだから、他国を模倣し、同じ方向を目指しても、当然、いい結果が出るはずがない。
やはり、オシムの言うとおり、日本代表は、とことん、日本化して欲しい。

そこで、どうするか。
日本独自のサッカー、つまり、"NINJA Football"を目指すのだ!!

例えば、ドリブルして相手に向かって行き、ボールは相手の股の間を通し、自分は側転して相手をかわすとか(ん?どこかで見た?)、もしくは、分身の術で、どんな局面でも、常に数的優位を作るとか。

……まぁ、それは冗談だとしても、とにかく、屈強さで勝負できない分、俊敏とか身の軽さを存分に活かして、相手を翻弄するようなサッカーをしてもらいたいモノである。

なので、もう少し現実的な感じでいうと、対峙した相手に対し、両足でボールを挟んで、"ピョン!"と飛び越えてかわすとか。

……それが、メキシコのブランコなんだけど。

2014年7月21日月曜日

「彼は二代目のペレではない。初代のマラドーナだ」

「戦術は、"メッシ"」と言われていた、今大会のアルゼンチン
アルゼンチンの試合は決勝戦しか見られなかったが、それでも、明らかに多大なる特権がメッシに与えられているのは一目瞭然だった。

普通に考えたら、あまりにもリスキィな"戦術"だが(同じく、"攻撃の戦術は、ネイマール"だったブラジルを参照)、しかし、それでも決勝まで残ってしまうなんて、一体、どんだけの個のチカラやねん!と思ってしまう。

しかし、マラドーナが活躍していた頃も、

「アルゼンチンの監督の仕事は、試合前、メンバ表に"マラドーナ"と書くだけ」

と言われていたらしいし、実は、アルゼンチンのお家芸なのかもしれない。

さて、そんな共通点(?)もあり、なにかと比較されるメッシとマラドーナ。
今大会も、いろんなヒトが「メッシは、まだ、マラドーナを越えてない」とか、「優勝したら、漸く越える」とか、さんざん言っていた。
おそらく、メッシは一度も聞いてないのに。

自分自身は、94年のアメリカ大会で、ギリっギリ、リアルタイムでW杯でのマラドーナを見るコトができた。

その時も、もう、体型的には、すでに現在のマラドーナに近づきつつあったが(それでも、まだ、あそこまでののびしろがあるとは思っていなかった)、明らかに彼がいるかいないかで、全く別のチームになるのが素人目にもハッキリ分かった(まぁ、その直後にあんなコトになってしまったが)。

しかし、メッシが生まれたのは、1987年。
アルゼンチンが優勝し、「マラドーナのための大会」と言われた1986年大会の翌年なので、もちろん、その時の様子は知らないし、90年の準優勝時で3歳だと、これも正直、物心がついているかどうか、微妙なトコロだ。
そして、94年大会時こそ7歳だが、マラドーナは、すでにあんなんだったし……

そんな、自分の実感としてはよく分からないおっちゃんといつまでも比べられ、さんざん越えただの越えてないだのと言われるのって、一体、どんな気持ちなのだろう。

マラドーナも、ことあるごとにメッシについて言及しているが、そもそも、当のマラドーナ自身、若手の頃はペレと比べられ、タイトルに上げた言葉のように言われていたそうだ。
メッシだって、「オレは初代のメッシ!」だと思っているコトだろう。

さて、後継者と言えば、今大会の目玉とも言えたコロンビアロドリゲス
同じく94年のアメリカ大会で鮮烈なイメージを残した、同国の英雄、バルデラマが、やはり、彼のコトを「自分の後継者」と言っていたらしい。

バルデラマといえば、その風貌はもちろん、インサイドキックしか使わない(使えない?)ゲームメーカというのが、なぜか、実にカッコよかった。
あの時のコロンビアには、アスプリージャもいたが、やはり、バルデラマの方が、断然、キャラが立っていた(サッカー選手に、キャラ立ちが必要かどうかは別にして)。

しかし、そんな、バルさまも、ここのトコロ、とんとお名前をお聞きしないなぁと思っていたら、今大会の直前に、「選手はワールドカップ期間中にセックスをしろ」と熱弁をふるい、突然のブレイク。
久しぶりに出てきたと思ったら、こんな発言で注目されるおじさんの後継者と言われるのって、一体……

まぁ、しかし、これ自体は「もぅ、バルちゃんたら」で済むハナシだが、実は、以前から、ぶっちゃけ、そこの部分てどうなのだろう?と、個人的には非常に強い関心を抱いていた。

W杯に出場する選手達って、大会前の合宿から考えたら、基本的には(彼女を含む)家族とは接触できない状態で、1ヶ月以上を過ごす訳である。
以前に比べれば、個室になったらしいので、少しは改善されたのかもしれないが(何が?)、スポーツ選手なんて、おそらく、一般のヒト以上だろうし(何が?)、ホント、どうなのだろう?

……と、思っていると、立て続けに、「 サッカーW杯ブラジル大会で、セックスを禁止した全ての代表チームが、ベスト16までで敗退した」「ついにベスト8が出揃ったブラジル・ワールドカップ、SEX禁止のチームは全滅?」という記事が出て、いみじくも、バルさまの正しさが証明された訳である(そうか?)。

さて、それはともかく、この後継者問題。
日本に置き換えたらどうなのかと考えた。

日本で「二代目〇〇」「〇〇の正当な後継者!」といった場合、「〇〇」には、一体、誰が入るのだろう?

世界的にも名が知れていて、いろんな意味で伝説っぽくて、圧倒的な存在感がある人物……

なんか、カズではないし(そもそも、まだ、現役だ)、中田もちょっと早い気がする。
もちろん(?)、ラモスでもないだろうし、実績で言えば、奥寺さん……

……釜本?

そう考えると、確かに上記の条件にあてはまるし、もっと言われてもよさそうなモノだが、少なくとも、Jリーグが始まってからのにわかファンである自分は、そういった選手を聞いた記憶がない。

ご本人に癖があるのは確かだが、それはマラドーナやバルデラマだってそうだろう。
一体、何が違うのだろう?

……人間力?

2014年7月14日月曜日

「彼は木星から来ている」

プロのサッカー選手になれるなんて、少し考えただけでも、とんでもなく狭い門をくぐり抜けてきたヒト達だというコトが分かる。

そんな選ばれし者達の中から、さらに、1国の代表チームに呼ばれ、最終的に23人の枠に入るなんて、一体、どんなヒト達なのか、全く想像すらできない。

そして、そんな本当に奇跡のような条件をクリアしたヒト達が32カ国分だけ、つまり、世界中から736人しか出場する権利を与えられない大会がW杯である。
しかし、そんなこの惑星を代表するサッカー野郎ばかりが集まった中にあって、さらに、全く別次元のプレーをする選手達がいる。

ネイマールしかり、ロッベンファンペルシしかり、コロンビアのロドリゲスしかり、そして、メッシしかり……

冒頭の発言は、今大会でアルゼンチンと対戦したナイジェリアケシ監督が、メッシを評して言ったコトバ。
実際には、木星という例えが適切なのかどうか、もうひとつよく分からないが、とにかく、他の選手達とは明らかにプレーのレベルが違うというコトだろう。

それにしても、W杯で試合に出ている選手達なんて、1日中年中無休でサッカーのコトばかり考え、我々には想像もできないような努力をし、これ以上ないほど自分を高めているヒト達ばかりのはずである。

それなのに、あぁ、それなのに、そんな自分達ですら、絶対にできないような、さらに上のプレーを目の前で見せられるなんて、一体、どんな気持ちなんだろう。

おそらく、悔しくて悔しくて、しょうがないだろう。
もしくは、自分が情けなくなるかもしれないし、何かを恨みたくなるのかもしれない。

もちろん、理論的には、

「そういう君には、メッシにはない別の能力がある。君は、そこを伸ばせばいいんだ」

というハナシなのだとは思う。

しかし、欲しいのは、そんな教科書的な慰めではない。
自分が欲しいのは、あの、メッシのプレーなのだ。

そして、実際には、そんなスター選手になればなるほど、CMで、ヒゲを剃りながらレベルの低いダジャレを言わされたり、はたまた、自分の彼女と一緒に全裸(ムスメ的表現では、"はだかんぼ")でファッション雑誌の表紙を飾ったりしないといけないので、サッカー以外のコトでも多忙になるだろうし、自ずと、練習時間も限られるだろう。

それなのに……である。

才能、と言ってしまえばそれまでだが、他の普通の(?)選手達からすれば、どうにも遣り切れないのではないだろうか。

まぁ、それでもまだ、スポーツなら、それまでにも十分に努力していても、さらに、(効果があるかは別にして)トレーニングの量を増やすコトは可能だと思う。
もっとシュート練習を増やそうとか、これまで以上に走り込もうとか、なにかしら、具体的なトレーニング方法が見つかるような気がする。

しかし、たとえば、現在、明らかに乱立気味のお笑い芸人等の場合は、どうなのだろう?

おそらく、お笑いの世界でも、悔しいけど自分よりおもろいと認めるヤツがいて、そいつよりおもろくなりたい(端的に言うと、「売れたい」)という気持ちが、誰しも強くあるはずである。

そのためには、もちろん、みんな努力を惜しまないだろうが、こういった分野の場合、スポーツ等と違って、素人でも想像できそうなベタな"努力"が分からない。

おそらく、「ネタを考える」というのがそうなのだろうが、なんとなく、お笑いの場合、そうやって、考えて考えてよいモノができるというよりは、もっと瞬間に浮かんでくるひらめきやアイディアのような気がする。

そういった、ある意味、不安定であやふやな世界の場合、どうやって目標を決めて、努力をしていくのだろう?

まぁ、ともかく、今回もW杯が終了した。

いつもの理由で、残念ながら、ほとんどの試合を見るコトができず、決勝で、今大会で初めてメッシを見たのだが、やはり、メディアを通じて聞いていたとおり、全く別次元のプレーをしていた。

現代サッカーにおいて、思わず、往年のラモスですらもうちょっと動いたぞと思う程の動かなさ。

試合も、結局、いつもの理由で、唯一点の入った延長後半だけ見られなかったのだが、終わって確認すると、そんなメッシが大会MVP

う〜む……
木星仕様。

2014年7月13日日曜日

「両チームともにPK戦狙いならば、最初からPK戦にすればよかった」

「芸能界のご意見番」ならぬ、「サッカー界のご意見番」(日本限定?)であるオシムの、アルゼンチンVSオランダの準決勝を評したひと言

「さすがにオシム。おもしろいコトを言うなぁ」

と思う反面、もし、そんなコトを言うなら、W杯自体、毎回、2年も3年もかけて予選なんかしなくても、最初からブラジルアルゼンチンウルグアイドイツイタリアフランスオランダ「神7」だけでやったらええやん、というハナシになってしまう(まぁ、少なくとも、他の多くの国からしたら、4カ国も出場して一勝もできない地域は、ホントにいらないだろうが)。

それにしても、サッカーのように、偶然審判のサジ加減ひとつで大きく勝敗が変わる競技において、結局、毎回、「ユージュアル・サスペクツ」(いつものヤツら)が残るというのには、やはり、それなりの理由があるのだろう。

多分、彼らは、「自分にはできる」と思っているのだ。

以前、オリンピック金メダルをとる選手というのは、他の選手と違って、自分が金メダルを取るコトを、全くこれっぽっちも疑っていないというハナシを聞いたコトがある。

「金メダルがとりたい」とか、「金メダルがとれなかったら、どうしよう……」とかいう発想はハナからなく、競技が始まる前から、

「えっと、自分は金メダルをとるんやけど、なにか?」

という感じらしい(しかも、マジ)。

そうやって聞くと、ちょっと痛い感じにも聞こえるが、しかし、結局は、そういうコトなのだと思う。

まだ、若干、実績が少ないため、上記の「神7」には含めなかったが、スペインなんか、前回大会までは、本当に毎回毎回……優勝候補に上げられながら、それこそ毎回毎回……「無敵艦隊、沈没」と書かれていた(どうも、その頃のスペインのイメージは、ラウールと重なってしまう)。

それほどのポテンシャルがありながら、どうしても上にいけなかったスペインだが、2008年のユーロで優勝したコトで、

「あぁ、オレ達も勝ってもいいんや」

と心から思えたことが、前回大会の優勝につながったのだと思う。

ことあるごとに「なるほどなぁ」と思うフレーズがある。

それは、

「あなた以外に、あなたにそれができないと言ったヒトはいない」

というモノ。

そうなのだ。
自分に”許可”を出していないのは、結局、自分だけなのだ。

2002年と前回大会でベスト16に残った日本だが、2回とも、見事に同じトコロで敗退してしまった。

よく、「そこで満足してしまった」という言われ方をしたが、多分、満足したというよりは、心のどこかで、

「オレみたいなモンが、ベスト8なんておこがましい」

と思っていたのではないだろうか(サポータも含めて)。

人間は、何らかの行動を起こすコトによって、今よりよい環境になるかもしれないコトが分かっていても、それでも、今より悪くなるかもしれないリスクを負うくらいなら、少なくとも、現状維持をしようとするらしい(ホメオスタシス(恒常性)とか言ったりする)。

ホメオスタシスは、もしかしたら、本能よりも奥深い生命維持の基本であるため、なかなか意識していてもそれを覆すコトは難しい。しかし、なんらかの理由で、それを破らない限り、新しい環境や次の段階には行けない。

そんな慣性、いや、惰性を、選手だけでなく、日本のサポータ全員が打ち破った時が、本当に日本代表が躍進する時なのだろう。

2014年7月3日木曜日

「どこをピークにするかポイントなんですけど、まだ自分の中で答えは出せずにいます」

『メッシと滅私』(吉崎エイジーニョ/集英社新書/2014)という、ウマいんだかウマくないんだかもうひとつよく分からないタイトルの本を読んでいると(しかも、メッシについては、ほとんど書かれていない)、「過去の(W杯)優勝国は、すべてキリスト教文化圏の国」だというハナシが載っていた。

しかも、男子だけでなく、女子も含めて。

しかし、その中で、唯一の例外がある。
それが、2011年のなでしこだ。

日本のブラジルW杯が、あまりにもあっけなく終わった。

予選リーグの中盤くらいから、さかんに2006年との類似点が言われていたが、いくらなんでも、最終戦の対南米チームに対する大敗はないだろうと思っていたら、なんのコトはない、モノの見事にそこまで同じ結果になった(しかも、スコアまで一緒)。

今回の惨敗の原因は、一体、何なのだろう?

同じく一次リーグの惨敗後、「フィジカルが弱い」と、日本代表の弱点を分析し、いろんな意味で日本中をアっと言わせたジーコ元監督の意見はともかく、今回、長谷部は、列強との「サッカー文化の違い」のようなコトを言っていた。

確かに、それはあるかもしれない。
ただ、フィジカルにせよ文化にせよ、同じ日本なのだから、男子と女子でそこまで世界に対して違いがあるとは思えない。
なのに、なぜ、こうも結果が違うのだろう。

ところで、初戦のコートジボアール戦で「?」と思い、次のギリシャ戦で確信したのだが、今回の日本は、選手達の動きが重そうに見えて仕方なかった。

しかも、期待値が高いからか、本田長友香川あたりが特にヒドいように思えた。

ただ、コンディションに関しては、間違いなく最高の準備をしているはずなので、なおさら不思議だったのだが、ある時、ハタとその理由に気がついた。

その3人に共通するコト。
それは、常に、W杯での優勝を公言していたというコトである。

つまり、彼らはコンディションのピークを、初戦ではなく、7月14日決勝戦に合わせていたのだ!!

……と、やり場のない脱力感を、自嘲気味の冗談で紛らわしていたのだが、どうやら、あながち、冗談でもないらしい。

冒頭の発言は、W杯前のアメリカ合宿で「決勝まで7試合あるが、いつ、ピークをもってくるか」という記者の質問への本田の答えなのだが……

……今でしょっ!

まぁ、結果が出てから見れば、聞く方も聞く方だと思うが、それはともかく、ビックマウスと言われ、周囲に叩かれるコトを覚悟で大きな目標を掲げ、周りを巻き込んで自分を成長させていこうとする本田の姿勢は、以前からとても感銘を受けていたし、リスペクトもしていた。

しかし、それがいつの間にか、自分が自分のコトバに感化されてしまい、まだ、何もしていないウチから、すでに達成されたかのような錯覚を起こしていたのではないだろうか。

今回、日本代表の試合を見ていて、もう一つスッキリしないのは、おそらく、試合に負けたり、これまでのサッカーが見られなかったコトではないと思う。
それは、選手達の姿から必死さが伝わってこなかったからではないだろうか。

もちろん、それはこちらのとらえた方だし、選手達は、必死にやっていたと言うだろう。
しかし、同じく惨敗だった2006年の第3戦の中で、ひとり奮闘しているように見える中田の姿には、素直に感動できたモノだ。

一体、日本はいつから勝者になったのだろう。
我々はまだ、完全なチャレンジャーのはずである。

前回の南アフリカでは、大会前のテストマッチでの散々な結果を受け、直前の選手達のミーティングで、「俺達は弱いんだ!」という闘莉王の発言から浮上のきっかけを得たと言われている。

日本人の精神の特徴として、既に書いた「正々堂々」と並んで、もうひとつ、「謙虚」があると思う。

それが行き過ぎて自信をなくしたり、変に自己卑下をしてはいけないが、日本では、どんなに成長しても、いや、スゴいヒトになればなる程、「いえ、自分なんかまだまだっス。日々、これ精進っス」といった感じなのが、模範とされる姿だったはずである。

世界から賞賛された、試合後のゴミ拾いに見る公共性や献身性に加え、常に謙虚な姿勢で、正々堂々と戦う。

そんな日本文化の特徴は、決して弱みではなく、キリスト教文化が席巻する世界のサッカー界に対抗できる可能性があるコトは、既に、なでしこが証明しているのだ。

2014年7月2日水曜日

「日本代表を日本化させる」

今回と同様、W杯で悲惨な結果を招いたジーコ監督のあとを受け、2006年に日本代表の監督になった、イビチャ・オシムの就任会見での有名なひとこと。

まぁ、もし、これを言ったのがオシムでなかったら、

「はいはい、おじいちゃん、ごはんはもうちょっと待ってね」

と言われそうなトコロだが、監督が交代するたびに、その監督の得意とするスタイルに大きく変わり、全く継続性や積み上げがない、ブレまくる日本代表を見かねての発言だったのだろう。

バランス度外視で、惜しげもなくスター選手を並べたジーコに対し、就任直後、どちらかというと、それまであまり注目されていなかった選手を多数招集したオシムを見て、「日本化って、地味化なの?」と思ったモノだが、結局その後、オシム流日本化の完成を見るコトなく、道半ばで岡田監督にバトンタッチし、同監督の超現実路線によるW杯16強のあと、ザッケローニ監督が、今度こそ、日本人の特徴を生かしたサッカーを構築するべく、これまでの4年間の指揮をとった訳である。

おそらくそれは、日本人選手の特徴である俊敏な動きと技術、そして、勤勉さを最大限に活かし、パスで相手を翻弄し、スピードで圧倒するようなスタイルだったと思う。

しかし、今回、あのような結果になると、そのスタイルのツメが甘かったのが、そもそも、その方向自体が間違っていたのかが分からなくなってしまった。
選手達も「自分達のサッカーができれば(勝てた)」とくり返すコトも、そのコトに一層拍車をかけているだろう。

ところで、そもそも、その国のスタイルとか自分達のサッカーとは、ヒトに(しかも、外国人の監督に)指摘されたり、ましてや、考えた末に模索したり構築したりするモノでははずで、どんなに直そうとしても、隠しきれずに、常に"そこ"に存在しているモノだと思うのだが、いかがだろうか?

そして、それは、俊敏性とか器用さとかいった身体的な特徴はもちろんだが、それ以前に、もっと、その国の国民性とか文化とか、そういった精神的な部分の方がよっぽど大きく関与すると思うのだ。

Jリーグが始まった頃、主に南米からきた選手達を中心に、「日本人にはマリーシアが足りない」というコトが盛んに言われた。

マリーシアとは、「ずる賢さ」と訳されたりするが、例えば、大げさに痛がって時間稼ぎをしたり、審判の目を欺いて、ファウルをもらおうといったような行為だろう。

しかし、勝負や試合の場において、そんな文化がない、というか、そもそも、「卑怯」という概念で、そういった行為を最も嫌う日本人にとって、いくらサッカー強国のマネをしても、付け焼き刃感がハンパなく、未だに板についていないコト、この上ないのである。

それでも、さすがにこれはいいんじゃない?と思われる、1点リードで残り時間数分の際の味方同士でのパス交換ですら、どうも腰が据わっていない。

おそらく、ここで露骨な時間稼ぎをするのは、それこそ世界の常識なのだろうが、なんとなく、そんなセコい時間稼ぎをするくらいなら、最後まで精一杯攻めて、それでボールをとられてカウンタを受けたのなら、それはそれでしょうがないというのが、大半の日本人のメンタリティのような気がする。

そう、日本人の根幹は、「正々堂々・真っ向勝負」なのだ。

そして、もし、本当にそうであるならば、どんなにサッカーがウマい他の国の選手にバカにされようと、決して自分達のアイデンティティを恥ずかしがるコトではないはずである。
むしろ、それを躊躇しながら変に他国のマネをしようとするから、サブいコトになるのだ。

また、たとえW杯で惨敗しても、空港で暖かく出迎えるサポータが多いことを見て、もっと選手達を厳しく批判しないと、代表が強くならないと苦々しく言うヒトもいる。

自分自身、ある程度はそうだと思うが、しかし、そもそも、日本人には、どんなにヒドい結果でも、ヒトを足蹴ざまに罵倒したり、生卵トマトを投げつけるような文化はないのだ(某都議の事務所にはあったけど)。

それなら、いっそ、ホントは、こんなコトじゃ強くならないんだけどなぁ……なんて遠慮しながらするのではなく、もっと堂々とすればいいのだ。
(と思っていたら、こんな記事を見て、さすがにこれはちょっとと思ったが)

これらの例は、世界から見ると非常に甘く、つけいる隙だらけに見えるだろう。
また、成績が悪いのに、いつもフェアプレー賞ばかりもらってもしょうがないという意見もあるだろう。

しかし、たとえどんなに青臭くても、遠慮がちに迷いながら他国のマネをするくらいなら、そういった自分自身を受け入れ、それこそ、堂々と自分達のやりたいようにやった方がいい。
そっちの方が、よっぽどストレスも少ないだろうし、本来のチカラが出せるだろう。

という訳で、正々堂々の、なんなら一騎打ちで雌雄を決すべし!という日本人の精神性を最大限に生かし、それを突き詰めたスタイルを構築した場合、果たして、どんなサッカーになるのだろう。

……パワープレイ?

2014年6月30日月曜日

「もう一度メンバーを選べるとしても、 同じメンバーを選ぶ」

本当の顧客は誰か?」という問題がある。

例えば、自分の仕事を例にすると、みなさんが(ごくごくたまに?)使われる図書館サイトの蔵書検索画面。
あの画面及びシステムは、専門のシステム会社が作っているのだが、当システム会社の顧客は、残念ながらみなさん利用者ではなく、図書館の職員になる。

なので、どうしても、実際のエンドユーザではなく、直接の顧客である図書館職員の希望に沿ったシステムになる。
もちろん、図書館職員は、利用者のニーズを的確に把握し、システム会社に利用者が望むようなシステムを提案・依頼するはずだから、本来はどちらが顧客でも、利用者にとっては関係ないはずである。

しかし、実際、使っていただくとお分かりのとおり、図書館のシステムって、本当に……(自戒)

2014年ブラジルW杯。
我が日本代表の、あまりもアレな成績を受け、ザッケローニ監督が早々に退任した。

ザックに関しては、就任当時から個人的に非常に好感をもっていたし、その発言から、その人間性を尊敬もしていた。今回の退任の会見等を聞いて、その思いを強くしたヒトは、おそらく、自分だけではないだろう。

で、そのザックの2010年の就任会見で、日本サッカー協会原博美技術委員長が、その選考基準にとして、「人柄」というのを盛んに強調していた。
よっぽど、某フランス人で懲りたんだろうなと思った反面、しかし、同時に強い違和感も覚えたモノである。

代表監督の選考基準で、人柄って、そんなに優先順位が高いモノだろうか?

そりゃ、いきなり練習中に突然マジギレして、選手に体当たり(!)をかましたり、そうかと思えば、表彰式で選手全員にキス(!)をして回ったりするようなエキセントリックな人物より、不調のセンタバックについて、「もし、世界中のDFから選んでいいと言われても、今の2人を選ぶ」と擁護したり、「私が見た中で、本当のキャプテンは、マルディーニとお前だけだ」と直接本人に伝えるような安定した精神の持ち主がよいコトは言うまでもないだろう。

しかし、代表監督の最も重要なミッションは、選手や協会の人間と、良好な関係を築くコトではなく、チームを強くし、本番の大会で結果を出すコトのはずである。

もちろん、その手段として、普段から周りの人間と円滑なコミュニケーションを取れるにこしたコトはないし、そういう意味では、常に一緒に仕事をするひと達にとっては、代表監督は、人柄が重要な要素になるだろう。

そして、ザックはその条件にピッタリの人物だった。
しかし、代表監督の、本当の顧客は、誰だろう?
そして、それを考えた場合、第一の条件は人柄になるだろうか?

今回の惨敗の原因は、いろいろあるだろう。
そもそも、選手だけでなく、我々サポータ全体が、日本代表の実力を過信していたという面は強いと思う(セルジオを除く)。
また、一部で言われているように、コンディションの調整に失敗したというのも事実かもしれない(ただ、いくらなんでも、「熱いフロに入っておけ!」というジーコ監督時代の熱さ対策よりはマシだったのではないかと思うが)。

しかし、たとえそうだったとしても、やはり、本番の試合において、出場する選手の選択や採用する戦術、または途中の選手交代で、もう少しどうにかなったのではないかと思わずにはいられない。

代表監督の本当の顧客は、我々、サポータのはずである(一銭も出してないけど)。
そうだとするならば、実際に接する人たちには申し訳ないが、新しい監督には、多少、人間的にはアレでも、というか、人柄なんてどうでもいいから(言い過ぎ)、チームを強くし、本番のW杯でチームを上位に導いてくれるようなヒトがよい。

で、冒頭の発言。

ご存知のとおり、ザック体制の最終ミーティングでのひと言らしいが、その、全く言い訳をしないメンタリティは本当に素晴らしいと思う反面、同じメンバを選べば、同じ結果になるんじゃないかと思うのだが……

まぁ、結局、どんなに優秀な監督でも、選手の代わりにピッチに立つことはできない訳である。
まずは監督、そして、選手選考を一から見直し、4年後は、喜びを爆発させたいモノである(出場できればのハナシだけど)。