2016年4月30日土曜日

理想像

誰それオトコにする」という表現があります。

まぁ、そう言われるヒトは、大抵、最初から男性なのですが(笑)、それはともかく、女性はどうだか分かりませんが、オトコはこの表現を聞くと、なんとなくアツくなるのです(個人差あり)。

ボクは今、なんの因果か、部下がいる立場にいます。

言われようと思って言われるモノではないですが、課のみなさんから、

「あいつをオコトにしてやろう」

と思ってもらえるような人間にならなくてはなと思っています。

……まぁ、一番肝心な、今の仕事で、どういう状態が「オトコ」なのかが分かりませんが(笑)。

2016年4月29日金曜日

絶品

昨日は、家族の協力のお陰で、世界的に有名なホテル(の日本支店?)での歓送迎会に行ってきました。

さすがに、内装は豪華でしたが、やはり、お料理

自他ともに認める味オンチのボクですら、

「これは、なんか違う」

と感じました。
(あくまでも、「なんか」ですが(笑))

ただ、同時に思ったのは、ボクの今後の人生で、こんな料理を食べるコトは、もう、そうそうはないだろうなと思う反面、こういう料理を恒常的に食べているヒト達もいるんだよなというコト。

まぁ、しかし、こういうのは、たまに食べるからいいんですよね!

……いや、別に、毎日でもいいけど(天丼(笑))。

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2016年4月28日木曜日

「司書の書誌」第21回 司書の保存

「図書館は、受け入れた本を、長年(できれば、永遠に)保存しておく場所だ」というのは、ある意味、当然のコトに思われていると思います。

確かに、少し前までならそうだったかもしれません。

しかし、本自体を残さなくても、電子的に本の内容(コンテンツ)にアクセスできるようになった今、そしてこれからは、少し様子が変わってくると思います。

ご存じのように、本自体は、とても場所をとります。
しかし、同じ内容の文字情報を電子的に残した場合、ほぼ、物理的な場所は必要ありません(再生する装置は必要ですが)。

もちろん、本における装丁が重要だったり、書誌学的にその本そのものが必要だというコトはあります。
しかし、それは、図書館全体の利用から見れば、ごくわずかではないでしょうか。

実際、アメリカには、本が全くない図書館がありまし(それは、"図書館"か?(笑))、もし、どうしても本自体が必要な場合は、図書館間の相互貸借によって、他館から取り寄せるコトも可能です。

こういった状況の中で、書庫スペースを新たに探したり、増築したりしてまで、増えていく本を保存する意味はどこにあるのでしょうか。

そこで、一般的な町の図書館は、定期的に蔵書を「除籍」(廃棄)したり、「リサイクル本」として市民に提供する等して、限られた書庫スペースの新陳代謝を行います。

一方、国立国会図書館は、日本の出版文化を後世に残すため、(少なくとも名目上は)日本で出版された本を全て保存しています。
もちろん、そのために巨額な税金が投じられていますが、このような目的のためなら、それは、多くのヒトの賛同を得られると思います。

では、その中間にいる都道府県立の場合は、どうでしょう?

言うまでもなく、まだまだ多くの本や新刊がスグに電子化されない現在の状況では、的確に本を提供するために、ある程度現物を保存しておく必要があるでしょう。
また、電子化もできないような、そして、二度と入手できないような古かったり記帳だったりする本は、引き続き、現物を保存していく必要があります。

しかし、それ以外の本は?

「中のヒト」にとって、普段、問うコトもない自明なコトって、「外のヒト」から見ると、かえって不疑義なコトだったりします。

税金で運営されている以上、普段、あまり図書館を使わないヒト達にも、少なくともある程度は納得してもらえる理由が必要です。

……というコトに、最近、気付かされました。

あとは、その答え(笑)。

その違い

あいかわらず、父の好みで、ヘルメット・カットの我がムスメ

大抵、ヨメに切ってもらうのですが、その際、

ジャイ子みたいにして!」

と、少し変わったリクエストをします(笑)。

で、昨日も夕飯後に、見事に希望どおりにカットしてもらったのですが、それを見たムスコに、

金太郎みたいや!」

と、至極もっともな評価をされると、こちらには憮然

……微妙な女ゴコロ(笑)。

2016年4月27日水曜日

つなぐ

昨日、いつものごとく、ムスコと手をつないで集団登校集合場所まで行くと、同級生のお母さんに、

「まだ、手、つないでくれるんですね〜」

と言われました。

実は、ボクもちょっと思っていたのですが(笑)、やはり、小学生にもなると、(特に男のコは)だんだん、なくなっていくのでしょうか。

で、当の本人に聞いてみると、とぉちゃんと手をつなぐのは嬉しいそうです。

もちろん、とぉちゃんも。

さて、いつになったらイヤがるのかな?(笑)

2016年4月26日火曜日

そんな思いを

大抵、どのミュージシャンも挑戦する、「シチュエーション・ソング」とも言うべき一群のジャンルがありますよね。

分かりやすく、かつ、典型的なのが「クリスマス・ソング」ですが、その他にも、「ウェディング・ソング」とか「バースデー・ソング」とか。

あと、昔から「卒業ソング」はありましたが、気が付くと、いつのまにか「サクラ・ソング」(て、なんだ?)が定番化していました。

で、昨日の記事を書いてからも同曲を繰り返し聞いていたのですが、フと、「フュネラル(葬儀)・ソング」もありえるのじゃないかと思いました。

日本では、「お葬式に歌」というと、なんか、不謹慎な感じがしないでもないですが、海外では、決して、そんなコトはないですよね(もしかしたら、宗教的なモノに限られるのかもしれませんが)。

もちろん、これまでも、大切なヒトとの別れを歌った歌はありましたが、もう少し、葬儀の場で、故人をしのんで、みんなで歌えるような。

まぁ、「定番フュネラル・ソング」とか、「ランキング」とか言われだすと、イヤですが(苦笑)。

とにかく、そんな妄想をしてしまうほど、やられました。

特に、ボクがひかれたフレーズが、
どんな言葉並べても
君を讃えるには足りないから
の部分。

まさに、そのとおり。

そして。

それは、誰であっても。

2016年4月25日月曜日

ギフト

なぜか、わざわざアタマがつかえそうな窮屈な場所でデビュー曲を歌っていた当時から(笑)、宇多田ヒカルさんの曲が好きで、リリースされるたびに聞いてきました。

今回、久々に新曲が出て、しかも、どこからとはなしに、テーマお葬式と聞き、どんなんだろうと気になりつつ、少し遅ればせながら聞いてみました。

……なんと言うのでしょう。

全く曲とは関係ないのですが、期せずして、天からこんな巨大なギフトを授かったヒトのキモチって、一体、どんなのだろうかと思ってしまいました。

相変わらず、曲も歌唱も素晴らしく、つい、先日参列したお葬式を思い浮かべ、比喩ではなく、が出てしまいました。
(まぁ、先週もウチでSTAND BY MEを見ていて、子ども達の目も気にせず号泣してしまうくらい、単に涙もろくなっているだけかもしれませんが(笑))

とにかく、今回もよかったです。

で、同時に思ったのですが、宇多田さんとは違う分野でしょうが、誰しもが、同じように何かしらのギフトを授かっていると思うのです。

おそらく、ボクですら。

宇多田さんは、どうやってそれを発掘し、磨いたのでしょう。

やはり、基本どおり(?)、「自分が好きなコトをとことん追求する」に尽きるのでしょうか……