「誰それをオトコにする」という表現があります。
まぁ、そう言われるヒトは、大抵、最初から男性なのですが(笑)、それはともかく、女性はどうだか分かりませんが、オトコはこの表現を聞くと、なんとなくアツくなるのです(個人差あり)。
ボクは今、なんの因果か、部下がいる立場にいます。
言われようと思って言われるモノではないですが、課のみなさんから、
「あいつをオコトにしてやろう」
と思ってもらえるような人間にならなくてはなと思っています。
……まぁ、一番肝心な、今の仕事で、どういう状態が「オトコ」なのかが分かりませんが(笑)。
2016年4月30日土曜日
2016年4月29日金曜日
2016年4月28日木曜日
「司書の書誌」第21回 司書の保存
「図書館は、受け入れた本を、長年(できれば、永遠に)保存しておく場所だ」というのは、ある意味、当然のコトに思われていると思います。
確かに、少し前までならそうだったかもしれません。
しかし、本自体を残さなくても、電子的に本の内容(コンテンツ)にアクセスできるようになった今、そしてこれからは、少し様子が変わってくると思います。
ご存じのように、本自体は、とても場所をとります。
しかし、同じ内容の文字情報を電子的に残した場合、ほぼ、物理的な場所は必要ありません(再生する装置は必要ですが)。
もちろん、本における装丁が重要だったり、書誌学的にその本そのものが必要だというコトはあります。
しかし、それは、図書館全体の利用から見れば、ごくわずかではないでしょうか。
実際、アメリカには、本が全くない図書館がありまし(それは、"図書館"か?(笑))、もし、どうしても本自体が必要な場合は、図書館間の相互貸借によって、他館から取り寄せるコトも可能です。
こういった状況の中で、書庫スペースを新たに探したり、増築したりしてまで、増えていく本を保存する意味はどこにあるのでしょうか。
そこで、一般的な町の図書館は、定期的に蔵書を「除籍」(廃棄)したり、「リサイクル本」として市民に提供する等して、限られた書庫スペースの新陳代謝を行います。
一方、国立国会図書館は、日本の出版文化を後世に残すため、(少なくとも名目上は)日本で出版された本を全て保存しています。
もちろん、そのために巨額な税金が投じられていますが、このような目的のためなら、それは、多くのヒトの賛同を得られると思います。
では、その中間にいる都道府県立の場合は、どうでしょう?
言うまでもなく、まだまだ多くの本や新刊がスグに電子化されない現在の状況では、的確に本を提供するために、ある程度現物を保存しておく必要があるでしょう。
また、電子化もできないような、そして、二度と入手できないような古かったり記帳だったりする本は、引き続き、現物を保存していく必要があります。
しかし、それ以外の本は?
「中のヒト」にとって、普段、問うコトもない自明なコトって、「外のヒト」から見ると、かえって不疑義なコトだったりします。
税金で運営されている以上、普段、あまり図書館を使わないヒト達にも、少なくともある程度は納得してもらえる理由が必要です。
……というコトに、最近、気付かされました。
あとは、その答え(笑)。
確かに、少し前までならそうだったかもしれません。
しかし、本自体を残さなくても、電子的に本の内容(コンテンツ)にアクセスできるようになった今、そしてこれからは、少し様子が変わってくると思います。
ご存じのように、本自体は、とても場所をとります。
しかし、同じ内容の文字情報を電子的に残した場合、ほぼ、物理的な場所は必要ありません(再生する装置は必要ですが)。
もちろん、本における装丁が重要だったり、書誌学的にその本そのものが必要だというコトはあります。
しかし、それは、図書館全体の利用から見れば、ごくわずかではないでしょうか。
実際、アメリカには、本が全くない図書館がありまし(それは、"図書館"か?(笑))、もし、どうしても本自体が必要な場合は、図書館間の相互貸借によって、他館から取り寄せるコトも可能です。
こういった状況の中で、書庫スペースを新たに探したり、増築したりしてまで、増えていく本を保存する意味はどこにあるのでしょうか。
そこで、一般的な町の図書館は、定期的に蔵書を「除籍」(廃棄)したり、「リサイクル本」として市民に提供する等して、限られた書庫スペースの新陳代謝を行います。
一方、国立国会図書館は、日本の出版文化を後世に残すため、(少なくとも名目上は)日本で出版された本を全て保存しています。
もちろん、そのために巨額な税金が投じられていますが、このような目的のためなら、それは、多くのヒトの賛同を得られると思います。
では、その中間にいる都道府県立の場合は、どうでしょう?
言うまでもなく、まだまだ多くの本や新刊がスグに電子化されない現在の状況では、的確に本を提供するために、ある程度現物を保存しておく必要があるでしょう。
また、電子化もできないような、そして、二度と入手できないような古かったり記帳だったりする本は、引き続き、現物を保存していく必要があります。
しかし、それ以外の本は?
「中のヒト」にとって、普段、問うコトもない自明なコトって、「外のヒト」から見ると、かえって不疑義なコトだったりします。
税金で運営されている以上、普段、あまり図書館を使わないヒト達にも、少なくともある程度は納得してもらえる理由が必要です。
……というコトに、最近、気付かされました。
あとは、その答え(笑)。
その違い
あいかわらず、父の好みで、ヘルメット・カットの我がムスメ。
大抵、ヨメに切ってもらうのですが、その際、
「ジャイ子みたいにして!」
と、少し変わったリクエストをします(笑)。
で、昨日も夕飯後に、見事に希望どおりにカットしてもらったのですが、それを見たムスコに、
「金太郎みたいや!」
と、至極もっともな評価をされると、こちらには憮然。
……微妙な女ゴコロ(笑)。
大抵、ヨメに切ってもらうのですが、その際、
「ジャイ子みたいにして!」
と、少し変わったリクエストをします(笑)。
で、昨日も夕飯後に、見事に希望どおりにカットしてもらったのですが、それを見たムスコに、
「金太郎みたいや!」
と、至極もっともな評価をされると、こちらには憮然。
……微妙な女ゴコロ(笑)。
2016年4月27日水曜日
つなぐ
昨日、いつものごとく、ムスコと手をつないで集団登校の集合場所まで行くと、同級生のお母さんに、
「まだ、手、つないでくれるんですね〜」
と言われました。
実は、ボクもちょっと思っていたのですが(笑)、やはり、小学生にもなると、(特に男のコは)だんだん、なくなっていくのでしょうか。
で、当の本人に聞いてみると、とぉちゃんと手をつなぐのは嬉しいそうです。
もちろん、とぉちゃんも。
さて、いつになったらイヤがるのかな?(笑)
「まだ、手、つないでくれるんですね〜」
と言われました。
実は、ボクもちょっと思っていたのですが(笑)、やはり、小学生にもなると、(特に男のコは)だんだん、なくなっていくのでしょうか。
で、当の本人に聞いてみると、とぉちゃんと手をつなぐのは嬉しいそうです。
もちろん、とぉちゃんも。
さて、いつになったらイヤがるのかな?(笑)
2016年4月26日火曜日
そんな思いを
大抵、どのミュージシャンも挑戦する、「シチュエーション・ソング」とも言うべき一群のジャンルがありますよね。
分かりやすく、かつ、典型的なのが「クリスマス・ソング」ですが、その他にも、「ウェディング・ソング」とか「バースデー・ソング」とか。
あと、昔から「卒業ソング」はありましたが、気が付くと、いつのまにか「サクラ・ソング」(て、なんだ?)が定番化していました。
で、昨日の記事を書いてからも同曲を繰り返し聞いていたのですが、フと、「フュネラル(葬儀)・ソング」もありえるのじゃないかと思いました。
日本では、「お葬式に歌」というと、なんか、不謹慎な感じがしないでもないですが、海外では、決して、そんなコトはないですよね(もしかしたら、宗教的なモノに限られるのかもしれませんが)。
もちろん、これまでも、大切なヒトとの別れを歌った歌はありましたが、もう少し、葬儀の場で、故人をしのんで、みんなで歌えるような。
まぁ、「定番フュネラル・ソング」とか、「ランキング」とか言われだすと、イヤですが(苦笑)。
とにかく、そんな妄想をしてしまうほど、やられました。
特に、ボクがひかれたフレーズが、
まさに、そのとおり。
そして。
それは、誰であっても。
分かりやすく、かつ、典型的なのが「クリスマス・ソング」ですが、その他にも、「ウェディング・ソング」とか「バースデー・ソング」とか。
あと、昔から「卒業ソング」はありましたが、気が付くと、いつのまにか「サクラ・ソング」(て、なんだ?)が定番化していました。
で、昨日の記事を書いてからも同曲を繰り返し聞いていたのですが、フと、「フュネラル(葬儀)・ソング」もありえるのじゃないかと思いました。
日本では、「お葬式に歌」というと、なんか、不謹慎な感じがしないでもないですが、海外では、決して、そんなコトはないですよね(もしかしたら、宗教的なモノに限られるのかもしれませんが)。
もちろん、これまでも、大切なヒトとの別れを歌った歌はありましたが、もう少し、葬儀の場で、故人をしのんで、みんなで歌えるような。
まぁ、「定番フュネラル・ソング」とか、「ランキング」とか言われだすと、イヤですが(苦笑)。
とにかく、そんな妄想をしてしまうほど、やられました。
特に、ボクがひかれたフレーズが、
どんな言葉並べてもの部分。
君を讃えるには足りないから
まさに、そのとおり。
そして。
それは、誰であっても。
2016年4月25日月曜日
ギフト
なぜか、わざわざアタマがつかえそうな窮屈な場所でデビュー曲を歌っていた当時から(笑)、宇多田ヒカルさんの曲が好きで、リリースされるたびに聞いてきました。
今回、久々に新曲が出て、しかも、どこからとはなしに、テーマがお葬式と聞き、どんなんだろうと気になりつつ、少し遅ればせながら聞いてみました。
……なんと言うのでしょう。
全く曲とは関係ないのですが、期せずして、天からこんな巨大なギフトを授かったヒトのキモチって、一体、どんなのだろうかと思ってしまいました。
相変わらず、曲も歌唱も素晴らしく、つい、先日参列したお葬式を思い浮かべ、比喩ではなく、涙が出てしまいました。
(まぁ、先週もウチで「STAND BY ME」を見ていて、子ども達の目も気にせず号泣してしまうくらい、単に涙もろくなっているだけかもしれませんが(笑))
とにかく、今回もよかったです。
で、同時に思ったのですが、宇多田さんとは違う分野でしょうが、誰しもが、同じように何かしらのギフトを授かっていると思うのです。
おそらく、ボクですら。
宇多田さんは、どうやってそれを発掘し、磨いたのでしょう。
やはり、基本どおり(?)、「自分が好きなコトをとことん追求する」に尽きるのでしょうか……
今回、久々に新曲が出て、しかも、どこからとはなしに、テーマがお葬式と聞き、どんなんだろうと気になりつつ、少し遅ればせながら聞いてみました。
……なんと言うのでしょう。
全く曲とは関係ないのですが、期せずして、天からこんな巨大なギフトを授かったヒトのキモチって、一体、どんなのだろうかと思ってしまいました。
相変わらず、曲も歌唱も素晴らしく、つい、先日参列したお葬式を思い浮かべ、比喩ではなく、涙が出てしまいました。
(まぁ、先週もウチで「STAND BY ME」を見ていて、子ども達の目も気にせず号泣してしまうくらい、単に涙もろくなっているだけかもしれませんが(笑))
とにかく、今回もよかったです。
で、同時に思ったのですが、宇多田さんとは違う分野でしょうが、誰しもが、同じように何かしらのギフトを授かっていると思うのです。
おそらく、ボクですら。
宇多田さんは、どうやってそれを発掘し、磨いたのでしょう。
やはり、基本どおり(?)、「自分が好きなコトをとことん追求する」に尽きるのでしょうか……
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