2014年9月28日日曜日

「走りたい!」

現在の自宅を購入する際、なにぶん、2人とも初めての経験だったので、勝手も分からず、どういう基準で選んだらよいのか、全く雰囲気がつかめなかった。

そんな中、自分が出した唯一の条件が、「トイレが2つあること」(子供の頃の毎朝のトイレ争奪戦が、今でもトラウマになっているらしい)、そして、ヨメが出した条件が、「庭でバーベキューができること」だった。

幸い、数軒回った中で、土地の形が変だったこともあり、ちょっとした、しかし、バーベキューをやるには十分な広さがある裏庭付きの物件を見つけ、他の条件もまずまずだったため、最終的にその家にするコトにした。

で、その家に実際に住んでから5年以上が経つ訳だが、それだけ楽しみにしていたベーベキューにもかかわらず、結局、今のトコロ、はっきり思い出せるくらいの回数しかしていない。

というのも、我が家的には全く何の問題もないのだが、やはり、京都の住宅密集地にあるため、周りのおウチに煙が行くことが気になって仕方がない。
幸い、というか、本当にありがたいコトに、周りのおウチは、みなさん寛大な方ばかりなので、その数回にしても、少なくとも、直接にはお叱りを受けるコトはなかったのだが、ただ、それに甘えていては、いつ、それが原因で、そんな大切な関係が壊れてしまうかもしれない。

というような懸念もあり、なんとなく裏庭ベーベを自粛する日々が続いているのだが、そんな中、家族で近所を散歩している時等に、フと、屋上があるおウチを見ると、

「あぁ、屋上だったら、もしかしたら、ベーベキューも思い切りできるのかもしれないな……」

と思ってしまうのだが、それももう後の祭り。
今度家を買う時は、ちゃんとそこらへんも考えて、選ぶなり、設計するしかないなぁ……て、まずは今の家のローンがいつまでだよ!!

……と、自らに寂しくツッコんでいたトコロ、最近、全く違う文脈で読んでいた『起業のリアル』という本で、偶然、こんな会社を知った。

木造住宅で屋根と同等価格の屋上庭園|プラスワンリビング


木造建築の住宅に、後付けで屋上を設置している会社のようなのだが、何がイノベーションて(自分で言ってはる)、通常、500万円はかかる設置費用が、なんと、100万円を切る価格で提供されているというトコロ。

もちろん、オプションやなんやかんやで最終的にはそれ以上にはなるだろうし、100万円だって、決して安い金額ではないが、新しい家に買い換えるなり、建て直すコトを考えれば、かなり現実的な額ではないだろうか。

というコトで、自分の中で、俄然、現実味を帯びてきたこの計画で、すっかりメートルが上がってしまったおとっつぁん。さっそく、何も知らないムスメに、

「もし、ウチに屋上があったら、何がしたい?」

という質問をしたトコロ、元気よく返ってきたのが、冒頭の発言。

保育所でも、毎日、屋上で走り回っているようで、彼女の中では、「屋上=走るトコロ」らしい。

オトナ達は、ビールでバーベキュー、そして、その周りを楽しげに走り回る子ども達。

なんだか、絵に描いたような光景だが、そうなったらそうなったで、今度は、

「遠くからこの煙を見たら、火事やと間違われへんやろか……」

って心配してそうだけど。

2014年7月26日土曜日

「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」

子供がまだ小さいため、夫婦だけで食事に行くという機会がめったにない。

それでも、何かの拍子に奇跡的にそんな機会が訪れると(さすがに、ランチだが)、テンションが上がってしまい、前日から「明日は何を食べに行こう?」と、2人でいろいろ相談をするコトになる。

しかし、散々迷った挙げ句、結局、いつもラーメンになるのだ。

で、今度は、せっかく行くのだからどこのお店にしようかと、自分の数少ない脳内ラーメンDBの中から、「あそこはウマいが、カウンタしかない」とか、「あそこはサイドメニュが豊富なのが魅力だ」等と、いろいろ候補を上げるのだが、こちらも、ヨメの答えは、いつも決まっている。

「どこでもいい。だって、どこもおいしいから」

そうなのだ。

食通やラヲタと言われるヒト達にとっては違うのだろうが、我々にとっては、本当に、どこのお店も、充分においしい。
そもそも、京都(市)には、実に多くのラーメン屋さんがあるので、その中で生き抜いているコトを思えば、それも当然なのかもしれない。

しかし、である。

その中でも、やはり、普通においしいかったなぁで終わるお店と、それにとどまらず、そのおいしさに、思わず「感動」してしまうお店があるように思う。
その違いは、どこにあるのだろうか?

ラーメン屋さんといえば、自分が小さい頃は、なんというのか、渦巻きみたいなマークか、龍の絵のついたウツワで中国を彷彿とさせつつ、スープは透明な醤油味で、具はシナチクやナルトが乗って、なぜか、必ずテーブルに置いてあるS&Bのコショウをしこたまかけてから食べる……というイメージがあったのだが、いつの間にか、そんな古式ゆかしいラーメン屋さんはすっかり少数派になり、現在は、全体的に中国から"和"への転換が図られている。

ウツワはゴツっとした厚手のモノになり、スープはこれまでなかった魚介系等も出てきつつ、ナルトはすっかり姿を消し、店員さんは、おそろいの黒Tシャツ(背中にはみつを的な何か)にアタマタオルという出で立ち。

そして、最も大きな違いが、ラーメン道というか、とにかく、「求道」という雰囲気が全面に出てきているコトである。

ただ、同じく求道のニオイがするソバの世界とは、根本的に何かが違う。

椎名誠さんに『殺したい蕎麦屋』という、いささか物騒なタイトルのエッセイ集があるのだが、その中に、椎名さんが信州で、あるおソバ屋さんに入った際、ソバつゆの代わりに水が出され、

「当店のソバは、味に自信があるので、渓流の水で食べて下さい」

と言われ、お金だけ払って食べずに出てきたというエピソードが載っていた。

真偽のほどは分からないが、それでも、いかにもありそうと思ってしまうように、ソバの場合は、なんか、"仙人"とか"霞"といったコトバが浮かぶような求道という感じがする。

一方、ラーメンは、同じ求道でも、もう少し世俗的というかお坊さん的というか(失礼)、求道のはずなのに、どことなく、「マスコミ対応」とか、「フランチャイズ」とかいったコトバが想起されるたたずまいがある。

さて、そんな現代のラーメン屋さん。

これだけ多くのラーメン屋さんが乱立しているので特に思うのだが、それぞれのラーメン屋さんのご主人というのは、みなさん、やはり、自分のお店のラーメンが、どこよりも一番おいしいと思っているのだろうか?

例えば、自分の店はトンコツだが、他のお店はニボシだったりトリガラだったり、明らかに違いがあるので、お客さんの好みによっては、他の店の方が好きだというヒトがいるのは仕方がない。
しかし、自分が食べてみると、やっぱり、自分の店が一番ウマいなぁ〜という感覚。

逆にいうと、ホントは自分の店より、ぶっちゃけ、あっちの店の方がウマいんだけどな〜と思いながらやっているお店はあるのだろうか?

他の店に負けていたら悔しいとか、一番おいしいラーメンを自分の店のお客さんに提供したいという強い願望……
おそらく、自分が食べにいったラーメン屋さんには、ぜひ、そういった気概でやってもらいたいと誰しもが思うだろう。
そして、そういった思いが、時として、おいしさを越えた「感動」を生むのではなないだろうか。

一方、それを言う以上、こちらもそれなりの心意気でのぞまなくてはならない。

冒頭のセリフは、ご存知、「北の国から」の、夜のラーメン屋さんでの有名なシーンにおける五郎の発言。

お店側にいろいろ要求するのならば、こちらも、もし、目の前のラーメンを取り上げられそうになったら、店員さんに食って掛かるくらいの真剣さでラーメン一本勝負に取り組まなければならないだろう。

……この場合は、完全に逆ギレだけど。

2014年7月25日金曜日

「『ありのままの自分』って、何なんですかね?」

テレビを全く見ないため、相変わらず、世の中で流行っているモノがさっぱり分からないのだが、それでも、「アナと雪の女王」というアニメ映画(?)が空前の大ヒットをしているというくらいは、エラいモノで、そんな自分の耳にも入ってくる。

そして、これまたどうやら話題らしい主題歌に関しては、自分以外の家族が毎日歌っているので(しかも、超成り切り型熱唱系)、原曲を一度も聞いたコトがないのに、いつの間にか、あらかた、歌詞も覚えてしまった。

曰く、
ありのままの姿見せるのよ ありのままの自分になるの
何も恐くない 風よ吹け 少しも寒くないわ

(中略)

これでいいの 自分を好きになって これでいいの 自分を信じて
光浴びながら歩き出そう 少しも寒くないわ
非常にメッセージ性の強い(というか、モロにそのまま)歌詞だが、ここに盛られている思想、つまり、「ありのままでいい」「自分を受け入れよう・自分を愛そう」「今のままであなたは完璧な存在だ」というのは、なにも、この歌に限ったハナシではなく、スピリチュアル系及び自己啓発系の分野では、非常にメジャーなフレーズだ。

で、改めて思うのだが、この「ありのままでいい」「ありのままの自分を出そう」というのは、本当に正しいのだろうか?

もちろん、自分も本来そうであるべきだと思うし、ホントにそうできれば、どんなにステキだろうとは思う。
しかし、大多数のヒトが、多かれ少なかれ本当の自分をガマンして出さないようにしているのは、もし、みんなが、ありのままの自分を素のままで出したら、今以上に世の中が混乱するからだと思うのだが、そうではないのだろうか?

少なくとも、自分を振り返れば、必死にありのままの自分を隠そう、直そうとしている現時点ですら、それでも漏れて出てしまう部分だけで、周りにいる家族や職場の人達は、充分、辟易していると思うのだ。

それが、このメッセージを真に受けて、そのプロテクトをはずし、本当にレアな自分を素材のまま全開で出したら、今以上に気が短くて怒りっぽく、自分のコトを最優先し、器が小さく、ヒトを見下した人間が現れるのだが、本当に、それでいいのでしょうか?(誰に聞いてる?)

もしかしたら、大前提として、「他人に迷惑をかけない範囲で」という注意書きがあるのだろうか?
それとも、ありのままの自分を出して離れて行くようなヒトは、元々、本当の友人等ではないというコトなのだろうか?

そう言えば、そんなコトをツユも考えもせず、毎日、ありのまま全開で自分をまき散らしていた中学や高校時代の友人は、今でも(細々とではあるが)付き合いが続いているし、そんな自分を受け入れてくれたコトを、今でもとても感謝している。

そういうコトなのだろうか?

冒頭の発言は、(おそらく)この歌を受けた、タモリさんのひとこと(くわしくは、「タモリ、ラジオで「腹が立つ言葉」を明かす「『ありのままの自分』って、何なんですかね?」「『タモリさんらしさ』なんて言う制作サイドは信用しない」 - ライブドアニュース」「タモリ、「自分らしさ」という言葉が嫌いな理由「自分らしさは、自分では分からない」 | 世界は数字で出来ている」)。

う〜む。
もしかしたら、ありのままの自分というのは、今、認識している、この内面的な感情や考えとも、また、違うのだろうか。

肝心の映画を見ていないので(おいおい)、もしかしたら、その中に答えはあるのかもしれない。
しかし、そんな"外部"にではなく、「全ての答えは、自分の中にある」というのも、これまた、それ系の分野の定番のフレーズなんだけど。

2014年7月23日水曜日

「なぜW杯敗退の検証を行う前に次期監督が決まるのか?」

もう、みなさん、既にザックの就任時のコトなんて忘れているかもしれないが(というか、ザック自体が怪しい?)、当時は日本代表の監督決定が遅れに遅れ、ついに、最初の強化試合の2試合は、原博実技術委員長が指揮を執るという異常事態になった。

その際、世界中の有力な候補にあちこち断られまくり、代表監督の選定が難航したコトで、原委員長及び日本サッカー協会は、その対応の遅れを、散々、各方面から批判された訳である。

で、その教訓を生かし、今回はW杯中から次期の監督選定を始めると、今度は今度で、冒頭の発言のようなコトを、やはり、散々、言われる訳である。

あえて言おう。
どっちやねん!と。

香川がいるので、日本でも自然と報道の多いマンUだが、W杯前に来期の監督がファンハールと発表された。
それを聞いた時、最近、サッカーの情報を全くフォローできていなかったので、なんの疑いもなく、

「へぇ〜、あんな有力な監督が、今まで何もせずにあいてたのか」

と思っていたら、何のコトはない、大会が始まって見ていると、ファンハールは、しっかり、オランダの監督をしているではないか(というか、2年前から)。
つまり、W杯が終わる前、いや、始まる前から、既に、次の就職先が決まっている訳である。

サッカー界全体がそんなスケジュールで動いているのに、W杯が終わってから、さぁて、今回悪かったトコロはどこかなぁ〜と悠長に構え、じゃぁ、その点を直してくれるのは、こんな監督だといいんだけどなぁ〜なんてやってたら、そりゃ、有力なヒトは、もう、みんな新しい就職先で活動を始めている頃だろう。
それが、まさに前回、難航した最大の原因だったと思うので、個人的には、ちゃんと反省を活かしてるじゃん、と思っていたのだが……

さて、そんな中、何の根拠か、最有力候補と言われているアギーレ氏。

上記のような人事先行に対する世論の反発もあり、全く本人のせいじゃないのに、なんか、アギーレが悪いみたいになっているが(なってない?)、それはともかく、日本人選手と体型が似ているメキシコを率いて優秀な成績を残したから、多分、日本もどうにかしてくれるんじゃね?という理由で候補に上がってきたのは、容易に想像がつく。

しかし、ホントに似ているだろうか?

中米、そして、南米の選手なんて、確かに、身長こそ小柄なモノの、胸板なんか、もう、いっそ"パイオツ"と言いたくなる程の豊満(?)さである(しかも、選手だけでなく、審判も)。

たとえ、同じくらいの身長だからといって、あんな屈強なカラダと日本人選手は、全く比べモノにならない。
いくら、本田のフィジカルが強いって言ったって、やはり、根本が違うのだ。

中米や南米の選手が頑丈でチカラで押す鉈ならば、日本人選手は、切れ味で勝負する、それこそ、日本刀なのだ。
元々全く違うモノなのだから、他国を模倣し、同じ方向を目指しても、当然、いい結果が出るはずがない。
やはり、オシムの言うとおり、日本代表は、とことん、日本化して欲しい。

そこで、どうするか。
日本独自のサッカー、つまり、"NINJA Football"を目指すのだ!!

例えば、ドリブルして相手に向かって行き、ボールは相手の股の間を通し、自分は側転して相手をかわすとか(ん?どこかで見た?)、もしくは、分身の術で、どんな局面でも、常に数的優位を作るとか。

……まぁ、それは冗談だとしても、とにかく、屈強さで勝負できない分、俊敏とか身の軽さを存分に活かして、相手を翻弄するようなサッカーをしてもらいたいモノである。

なので、もう少し現実的な感じでいうと、対峙した相手に対し、両足でボールを挟んで、"ピョン!"と飛び越えてかわすとか。

……それが、メキシコのブランコなんだけど。

2014年7月21日月曜日

「彼は二代目のペレではない。初代のマラドーナだ」

「戦術は、"メッシ"」と言われていた、今大会のアルゼンチン。
アルゼンチンの試合は決勝戦しか見られなかったが、それでも、明らかに多大なる特権がメッシに与えられているのは一目瞭然だった。

普通に考えたら、あまりにもリスキィな"戦術"だが(同じく、"攻撃の戦術は、ネイマール"だったブラジルを参照)、しかし、それでも決勝まで残ってしまうなんて、一体、どんだけの個のチカラやねん!と思ってしまう。

しかし、マラドーナが活躍していた頃も、

「アルゼンチンの監督の仕事は、試合前、メンバ表に"マラドーナ"と書くだけ」

と言われていたらしいし、実は、アルゼンチンのお家芸なのかもしれない。

さて、そんな共通点(?)もあり、なにかと比較されるメッシとマラドーナ。
今大会も、いろんなヒトが「メッシは、まだ、マラドーナを越えてない」とか、「優勝したら、漸く越える」とか、さんざん言っていた。
おそらく、メッシは一度も聞いてないのに。

自分自身は、94年のアメリカ大会で、ギリっギリ、リアルタイムでW杯でのマラドーナを見るコトができた。

その時も、もう、体型的には、すでに現在のマラドーナに近づきつつあったが(それでも、まだ、あそこまでののびしろがあるとは思っていなかった)、明らかに彼がいるかいないかで、全く別のチームになるのが素人目にもハッキリ分かった(まぁ、その直後にあんなコトになってしまったが)。

しかし、メッシが生まれたのは、1987年。
アルゼンチンが優勝し、「マラドーナのための大会」と言われた1986年大会の翌年なので、もちろん、その時の様子は知らないし、90年の準優勝時で3歳だと、これも正直、物心がついているかどうか、微妙なトコロだ。
そして、94年大会時こそ7歳だが、マラドーナは、すでにあんなんだったし……

そんな、自分の実感としてはよく分からないおっちゃんといつまでも比べられ、さんざん越えただの越えてないだのと言われるのって、一体、どんな気持ちなのだろう。

マラドーナも、ことあるごとにメッシについて言及しているが、そもそも、当のマラドーナ自身、若手の頃はペレと比べられ、タイトルに上げた言葉のように言われていたそうだ。
メッシだって、「オレは初代のメッシ!」だと思っているコトだろう。

さて、後継者と言えば、今大会の目玉とも言えたコロンビアのロドリゲス。
同じく94年のアメリカ大会で鮮烈なイメージを残した、同国の英雄、バルデラマが、やはり、彼のコトを「自分の後継者」と言っていたらしい。

バルデラマといえば、その風貌はもちろん、インサイドキックしか使わない(使えない?)ゲームメーカというのが、なぜか、実にカッコよかった。
あの時のコロンビアには、アスプリージャもいたが、やはり、バルデラマの方が、断然、キャラが立っていた(サッカー選手に、キャラ立ちが必要かどうかは別にして)。

しかし、そんな、バルさまも、ここのトコロ、とんとお名前をお聞きしないなぁと思っていたら、今大会の直前に、「選手はワールドカップ期間中にセックスをしろ」と熱弁をふるい、突然のブレイク。
久しぶりに出てきたと思ったら、こんな発言で注目されるおじさんの後継者と言われるのって、一体……

まぁ、しかし、これ自体は「もぅ、バルちゃんたら」で済むハナシだが、実は、以前から、ぶっちゃけ、そこの部分てどうなのだろう?と、個人的には非常に強い関心を抱いていた。

W杯に出場する選手達って、大会前の合宿から考えたら、基本的には(彼女を含む)家族とは接触できない状態で、1ヶ月以上を過ごす訳である。
以前に比べれば、個室になったらしいので、少しは改善されたのかもしれないが(何が?)、スポーツ選手なんて、おそらく、一般のヒト以上だろうし(何が?)、ホント、どうなのだろう?

……と、思っていると、立て続けに、「 サッカーW杯ブラジル大会で、セックスを禁止した全ての代表チームが、ベスト16までで敗退した」「ついにベスト8が出揃ったブラジル・ワールドカップ、SEX禁止のチームは全滅?」という記事が出て、いみじくも、バルさまの正しさが証明された訳である(そうか?)。

さて、それはともかく、この後継者問題。
日本に置き換えたらどうなのかと考えた。

日本で「二代目〇〇」「〇〇の正当な後継者!」といった場合、「〇〇」には、一体、誰が入るのだろう?

世界的にも名が知れていて、いろんな意味で伝説っぽくて、圧倒的な存在感がある人物……

なんか、カズではないし(そもそも、まだ、現役だ)、中田もちょっと早い気がする。
もちろん(?)、ラモスでもないだろうし、実績で言えば、奥寺さん……

……釜本?

そう考えると、確かに上記の条件にあてはまるし、もっと言われてもよさそうなモノだが、少なくとも、Jリーグが始まってからのにわかファンである自分は、そういった選手を聞いた記憶がない。

ご本人に癖があるのは確かだが、それはマラドーナやバルデラマだってそうだろう。
一体、何が違うのだろう?

……人間力?

2014年7月15日火曜日

「普通に歌って欲しい」

「本当に歌が上手いランキング」で断トツ1位に輝いた歌手は? - ライブドアニュース

普段、全くと言っていい程テレビは見ないのだが、珍しくテレビをつけると、たまたまこの番組をやっていた。

で、自分が見始めた時点が8位の井上陽水さんだったのだが、その直後に、宇多田ヒカルさん(6位)と吉田美和さん(5位)が続き、

「おいっ、じゃあ、1位は、一体誰だよ!」

と、ひとりで憤っていた(世代的な関係で、歌がウマいと言えば、無条件にこの2人と思ってる)。

で、その後、さらにランクが上がり、正直、よく知らないヒトがいつつも、2位に久保田利伸さんがランキングされ、まぁ、そりゃそうかなぁと思っているトコロでコマーシャルになったので、その間に、1位をいろいろ考えてみた。

演歌のヒトが全く出てないが、まさか、アッコだろうか(演歌じゃない?)。
そういえば、個人的には、稲葉さんは非常にウマいと思うのだが、ちょっと、分野が違うのだろうか?
あと、一般的に歌がウマいと言われているのは、平井賢さん……?

……等と思いつつ結果を見ていると、一位は、なんと(← 失礼)、玉置浩二さん。

しかも、アムロ(安室ではない)的に言うと、

「圧倒的じゃないか……」

な結果。

そりゃ、確かに上手だとは思っていたが、まさか、専門家が聞くと、これ程までに違うとは。

まぁ、専門家は、我々一般の音楽好きとは全く別の視点で、全く別の場所を見ているだろう。
そして、なにより、たとえどんなにウマくても、それは、あくまでも手段でしかない訳である。

生業として歌を歌っているヒトは、歌が上手というよりは、もっと、聞き手に対して、心地いいとか、好き!とか思ってもらわなければならない訳である。
個人的には、決してウマい = 好かれる、ではないように思う(この問題を考える時、なぜか、いつもローリングストーンズを想起してしまう)。

さて、冒頭のひと言は、このコーナの最後で、玉置浩二さんの「フェイク」(元歌をアレンジして歌う歌唱法)がスバラしいという専門家のインタビュー映像を受け、司会の浜ちゃんが、ポロっと(YOUに対して)言っていたモノ。
この問題(?)は、自分も以前から強く思っていたので、やはり、自分だけじゃないんだと、胸を撫で下ろした次第である。

この件で、最もよく見受けられるのが、正しい(というか、本来の)譜割に対して、(なぜか)スゴく遅れて歌う「遅延型」。

番組内では、徳永英明さんの「壊れかけのレディオ」が指摘されていたが、自分は、このランキングにも入っている布施明さんが、出場辞退宣言(苦笑)前の紅白で、「シクラメンのかほり」を歌っていた際、あまりに譜割に対して歌い出しが遅すぎるため、

「あ、歌詞、忘れてはる!(しかも、ワンフレーズずつ!)」

と思ったモノである。

また、これの対として、「倍速型」もある。

番組内で松ちゃんが指摘していたのが、欧陽菲菲さんの「ラヴ・イズ・オーヴァー」。
うん、確かに、聞いたコトがある。

あと、もうひとつあるのが、「過剰型」。

例えば、松山千春さんの「長い夜」は、 テレビ等でこの曲を聞くたびに、サビの「なが~いよるを~」の「なが~い」の「〜」の部分が、文字どおり、どんどん長くなっている。

そもそも、これらの現象(フェイク)が現れるのは、番組内で浜ちゃんも言っていたが、やはり、本当に同じ曲を何回も何回も歌っていると、そりゃ、正直、飽きてくるのだろう。

確かに、それには同情するが、それでも、"職業"として歌を歌っている以上、顧客のコトを考えれるならば、やはり、常に”普通”に歌ってもらいたい。
それが、たとえば、その歌手の完全なファンしかいない「リサイタル」の場ならともかく(とはいえ、会場の様子等を映した映像で、一緒に歌っている熱狂的なファン達ですら、フェイクの罠にはまっている場面をよく見るが)、たまにしか聞かないヒトが圧倒的な場(たとえば、紅白)では、なおさらだ。

もちろん、玉置さんのスゴさのエピソードとして出たくらい、フェイクが、歌のウマさひとつの指標なのは分かる。しかし、本当に自分は歌が上手だと思っているならば、別に、ことさらそれを誇示する必要はないではないか。

中にはフェイクが過ぎ、いつのまにか、元々原曲になかったセリフを勝手に歌の前につけちゃって、作詞家先生に激ギレされ、その歌を歌えなくなっちゃったりする訳である。

ちょっと違うか。

2014年7月14日月曜日

「彼は木星から来ている」

プロのサッカー選手になれるなんて、少し考えただけでも、とんでもなく狭い門をくぐり抜けてきたヒト達だというコトが分かる。

そんな選ばれし者達の中から、さらに、1国の代表チームに呼ばれ、最終的に23人の枠に入るなんて、一体、どんなヒト達なのか、全く想像すらできない。

そして、そんな本当に奇跡のような条件をクリアしたヒト達が32カ国分だけ、つまり、世界中から736人しか出場する権利を与えられない大会がW杯である。
しかし、そんなこの惑星を代表するサッカー野郎ばかりが集まった中にあって、さらに、全く別次元のプレーをする選手達がいる。

ネイマールしかり、ロッベン、ファンペルシしかり、コロンビアのロドリゲスしかり、そして、メッシしかり……

冒頭の発言は、今大会でアルゼンチンと対戦したナイジェリアのケシ監督が、メッシを評して言ったコトバ。
実際には、木星という例えが適切なのかどうか、もうひとつよく分からないが、とにかく、他の選手達とは明らかにプレーのレベルが違うというコトだろう。

それにしても、W杯で試合に出ている選手達なんて、1日中年中無休でサッカーのコトばかり考え、我々には想像もできないような努力をし、これ以上ないほど自分を高めているヒト達ばかりのはずである。

それなのに、あぁ、それなのに、そんな自分達ですら、絶対にできないような、さらに上のプレーを目の前で見せられるなんて、一体、どんな気持ちなんだろう。

おそらく、悔しくて悔しくて、しょうがないだろう。
もしくは、自分が情けなくなるかもしれないし、何かを恨みたくなるのかもしれない。

もちろん、理論的には、

「そういう君には、メッシにはない別の能力がある。君は、そこを伸ばせばいいんだ」

というハナシなのだとは思う。

しかし、欲しいのは、そんな教科書的な慰めではない。
自分が欲しいのは、あの、メッシのプレーなのだ。

そして、実際には、そんなスター選手になればなるほど、CMで、ヒゲを剃りながらレベルの低いダジャレを言わされたり、はたまた、自分の彼女と一緒に全裸(ムスメ的表現では、"はだかんぼ")でファッション雑誌の表紙を飾ったりしないといけないので、サッカー以外のコトでも多忙になるだろうし、自ずと、練習時間も限られるだろう。

それなのに……である。

才能、と言ってしまえばそれまでだが、他の普通の(?)選手達からすれば、どうにも遣り切れないのではないだろうか。

まぁ、それでもまだ、スポーツなら、それまでにも十分に努力していても、さらに、(効果があるかは別にして)トレーニングの量を増やすコトは可能だと思う。
もっとシュート練習を増やそうとか、これまで以上に走り込もうとか、なにかしら、具体的なトレーニング方法が見つかるような気がする。

しかし、たとえば、現在、明らかに乱立気味のお笑い芸人等の場合は、どうなのだろう?

おそらく、お笑いの世界でも、悔しいけど自分よりおもろいと認めるヤツがいて、そいつよりおもろくなりたい(端的に言うと、「売れたい」)という気持ちが、誰しも強くあるはずである。

そのためには、もちろん、みんな努力を惜しまないだろうが、こういった分野の場合、スポーツ等と違って、素人でも想像できそうなベタな"努力"が分からない。

おそらく、「ネタを考える」というのがそうなのだろうが、なんとなく、お笑いの場合、そうやって、考えて考えてよいモノができるというよりは、もっと瞬間に浮かんでくるひらめきやアイディアのような気がする。

そういった、ある意味、不安定であやふやな世界の場合、どうやって目標を決めて、努力をしていくのだろう?

まぁ、ともかく、今回もW杯が終了した。

いつもの理由で、残念ながら、ほとんどの試合を見るコトができず、決勝で、今大会で初めてメッシを見たのだが、やはり、メディアを通じて聞いていたとおり、全く別次元のプレーをしていた。

現代サッカーにおいて、思わず、往年のラモスですらもうちょっと動いたぞと思う程の動かなさ。

試合も、結局、いつもの理由で、唯一点の入った延長後半だけ見られなかったのだが、終わって確認すると、そんなメッシが大会MVP。

う〜む……
木星仕様。